わが社の承継

“イズム”の徹底が育む、世代を超えた結束力

株式会社シーエスエンジニアズ

相談役 一場 駿氏

 

「後継者の決め手は、人のよさです」
シーエスエンジニアズの創業者であり、現在は相談役を務める一場駿氏は、社長人事をこう断言する。
1987年創業の同社は、下水道を中心に、上水道や道路、公園といった、私たちの生活を支える社会インフラの整備構想から、計画・設計などを行う建設コンサルタントだ。埼玉県をはじめ、関東圏内の市町村が持つニーズに寄り添い、長く培ってきた高い技術力に裏付けされた緻密さと、経験から生まれるアイデアを盛り込んだ設計を強みとする。

加えて、迅速かつ安定的に業務を遂行できる体制も評価が高い。これは36年前の創業当初、設計にはドラフター(製図台)を使うのが当たり前だった時代に、他社に先がけて取り組んだIT化の賜物だと同氏は語る。高額な米国製のパソコン2台を導入して製図ソフトを自身で開発し、業界内の大手企業に販売もしていた。以降も、新たなテクノロジーを次々と積極的に導入。こうした創業来のスタンスもあり、市街地での工事において特に重視される、確実で安全、かつスピーディな施工計画を実現しているのだ。

そんな一場氏のバイタリティは、のちの「ハットリング工法」発明にも見て取れる。きっかけは、2004年に発生した新潟県中越地震だった。液状化によって多発したマンホールの浮上が、道路交通の大きな妨げとなっていたことを目の当たりにした同氏は、特殊なブロックで浮上を押さえつける独自工法を編み出して特許を取得。今では多くのマンホールで採用され、東日本大震災でその機能を発揮したことから、一場氏は2012年、日本発明振興協会会長賞を受賞、2015年には春の黄綬褒章を受章した。シーエスエンジニアズは、地震対策と真摯に向き合う建設コンサルタントとして、名を馳せることとなる。

まさに、同社の礎を築き上げ、大きく成長させてきた創業社長だが、自ら退任を決断したのは自身が58歳のときと、だいぶ早い印象だ。現在は入社28年目の大輪英史氏が4代目として、経営の舵を取っている。

 

ハットリング工法の作業風景。マンホールに取りつけた固定バンドが、
浮上特性ブロックに当たることで浮き上がりを防止する。

十分な気力と体力が、事業承継を成功させる

一場氏が社長の座を退き、2代目の加藤道雄氏に道を譲ったのは2010年。まだまだ第一線で経営に手腕を振るっていてもおかしくない年齢だったが、これには「社長は60歳で辞めるべし」という一場氏のポリシーがあった。
「経験という視点なら、社長業はもっと長くやっていいという考え方のほうが一般的かもしれませんが、私は自分の気力・体力が充実しているうちに、引き継ぐべきだと思っています。それが60歳。しかし、私が還暦まで社長を務めると、次を任せたい加藤が60歳を迎えるまで、4年しか残っていなかった。せっかくなら少しでも長くやってもらいたいと、58歳で退くことにしたんです」

加藤氏が60歳を迎えた2016年には、能澤忠春氏が3代目に就任。そして2020年、大輪氏へとバトンが渡された。そのときは驚いたと、大輪氏は語る。
「技術者として入社し、長く設計業務に従事しました。土木の経験はありませんでしたが、知らないことを学ぶのが楽しくて。社長を引き継いだのは、入社して25年目の年です。その前の10年間は総務部長を任されていて、まさか自分が社長の座に就くとは思いもしませんでした」

そんな大輪氏の言葉とは裏腹に、「自分の退任を決めたとき、5代目までは見越して、“えんま帳”にこっそり名前をつけていたよ」と一場氏は笑う。10年以上も先の人事に当たりをつける、その一番の決め手こそ、冒頭に述べた「人のよさ」だ。

「どれだけ技術に優れていても、それは熱心に勉強すれば超えることができる。しかし、ビジネスを動かすのは人。そして人は理屈ではなく、人情と感情で動く。もちろん、会社の状態や事業の方向性も加味しますが、持って生まれた“人のよさ”が非常に重要なのです」

そうして選ばれた大輪氏が持つ人のよさは、思いがけない社長就任への覚悟を決めた理由にも表れている。
「2代目、3代目が本気で会社を思う姿を間近で見るポジションでしたから、私も、25年という長い間、苦楽をともにしてきた同僚たちのがんばりに報いたいという気持ちが、どんどん強くなりました」

他社との差別化を生む、密なコミュニケーション

若手技術者の学びを目的とした、現場見学会の様子。こうした
社内勉強会は、インターンの学生を招いて行うこともある。

大輪氏が自身も受け継いできたものとして、承継すべき最上段に掲げるのが「顧客に寄り添い、とことんお付き合いして、役に立てる技術者集団を目指す」というミッションだ。これは「シーエスイズム」と呼ばれ、創業当時から脈々と語り継がれてきた同社ならではのスタイル。膝を突き合わせ、じっくり時間をかける仕事の進め方は、効率化や生産性向上が叫ばれる昨今、珍しいかもしれない。ただ、その心は「リピートしてもらうこと」にあるという。それこそが「他社には真似できない当社の一番の強みです」と、同氏は胸を張る。

初めての仕事は、利益を二の次に考え、売上をすべて費やすつもりで、徹底的に相手のニーズに応える。顧客が満足して次につながれば、最初の経験が土台となり、7割のコストに収めることができる。3度目にはさらにその7割、つまり当初の半分に満たない予算での遂行が可能になるという考え方だ。最初の段階で顧客の要望をしっかりと引き出し、期待以上の成果をもたらすことで、強い信頼関係を築くことが、先々の利益を生み出すということである。

そして、このシーエスイズムを実現する武器となるのが、臆することなく新たな技術を取り込んでいくチャレンジ精神だ。時間を惜しまず課題に向き合う人間力と、挑戦がもたらす技術力の2本柱が、シーエスエンジニアズらしさといえるだろう。

高度成長期に整備された多くの社会インフラが老朽化の時期を迎えており、下水道もその例外ではない。更新・維持の需要が追い風となり、顧客からの信頼を勝ち取ってきた同社には、コロナ禍にあっても仕事の依頼がひっきりなしだったという。

そんな中、大輪氏が社長就任以前から注力しているのが、若い人材の採用だ。地元の大学生をインターンシップ生として受け入れ、建設コンサルタントとしての仕事内容を理解できるよう、図面作成や現場での測量を体験してもらっている。また、一場氏とともに工学系の専門学校で講師を務めるなど、技術者の裾野を広げる活動にも積極的だ。

こうして着々と増えてきた若手社員と、自身と同年代の同僚たちを「つないでいくこと」が、自分の役目だと話す大輪氏。そのために掲げた目標が、全社員が気持ちよく仕事をできる環境づくりだった。新社屋の設立を決め、社長就任の翌年7月に完成。モダンなデザインのビル1階には、ゆったりとしたオープンキッチンや飲食スペース、会議室を設け、社員の働きやすさとコミュニケーション促進を叶える職場環境が整った。

 

毎年行われる技術発表会は、若手技術者がプレゼンテーションを通して、
自己アピールする場だ。最後には成績発表が行われ、優秀者は表彰される。

同族にこだわらず、適した人材を選びたい

代表取締役 大輪英史氏(写真左)と、
取締役 北関東支店長 原 直史氏(写真右)。

さて、一場氏の“えんま帳”に5代目として記されているのが、現在、新社屋を拠点とする北関東支店で支店長を務める原直史氏だ。大学で土木工学を学んだ同氏は、1998年に新卒入社。技術者として勤務して、今年26年目を迎えた。

「技術者とはいえ、内勤の設計作業だけでなく、体を使う現場作業や取引先とのコミュニケーションを要する業務などをバランスよく経験し、日々成長させてもらいました」
特に、顧客やパートナー企業との密なコミュニケーションには、シーエスイズムが如実に体現されていると感じてきたという。
「昔と今では世の中の動きが大きく変化しましたが、時代が変わっても、当社の根幹を支える価値観はしっかりと残していきたいですね」

いわゆる企業のイズムは、ときに抽象的で、受け継ぐには阿吽の呼吸が通じる同族への承継が望ましいこともある。
しかし、価値観の共有を重んじる一場氏は、イズムの浸透を進めた上で社員の中から後継者を選んだ。その理由や思いを、次のように語る。
「5人で集まってこの会社を始めたときに感じたのは、その時々の状況に適した人間がトップを務めるべきだということ。先を見据えてストーリーを描くことは大切ですから、そのための人選はしておきます。しかし、その通りにいくとは限らないとも考えている。それがベースにあるので、同族で承継することにはこだわっていません。そうした選択ができるのは、投資育成に株主として入ってもらい、株主構成を整えていることも大きいでしょう。承継にあたって、株式の問題も重要ですから」

だからこそ同氏は、創業してからずっと社員一人ひとりと語り合い、業務に伴走もしながらシーエスイズムを伝え、じっくりと時間をかけて会社を大事に思う人材を育ててきたのだ。社長の条件である人のよさを見抜き、5代先まで後継者の目星をつけることができるのも、ひたむきなコミュニケーションがあってこそだといえる。そんな一場氏のもとには、相談役になった今でも、社外から相談に訪れる人が後を絶たない。深い信頼が寄せられている証拠だ。

 

株式会社シーエスエンジニアズ
主な事業内容:
下水道・上水道、道路、公園等の計画、設計
本社所在地:
埼玉県さいたま市
創業:
1987年
従業員数:
45名

 

機関誌そだとう216号記事から転載

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