飛躍する企業の人材獲得メソッド

ファンをつくる「採用ブランディング」

~中小企業が“ジャイアント・キリング”を起こす……~

総論 むすび株式会社 代表取締役 深澤 了さん

 

「企業の採用環境は昨年からさらに厳しく、今年に入ってそれがより顕著になっています。2022年卒の学生を10~20人採れていた中堅・中小企業でも、今年は夏を越えた段階で2~3人の内定しか決まっていない会社が珍しくありません。今後も厳しい状況は続くでしょう」
採用市場の現状をこう説明するのは、これまでに1000社以上の採用活動を支援してきた、むすび株式会社の深澤了社長だ。

こうした悪環境下で各社はこれまで以上に、自社に応募してくれる母集団の形成に力を入れ、早い内定出しを行っている。つまり、2023年以降、採用競争はさらに激化していくということだ。

一方、中途採用はどうか。深澤氏は新卒以上に困難だと指摘する。
「多くの企業で誤解されがちですが、そもそも中途採用のほうが新卒採用よりもはるかに難しい。採用フローの手順が多い新卒採用は、中途に比べて難易度が高いと感じやすいですが、実は逆です。ある程度のスキルを持った社会人経験のある人は、いつ流動するかわからず、企業が求めるレベルと転職希望者のスペックを一致させるのも容易ではない。年収や福利厚生などを新卒より重視する傾向も強いのです」

確かに、はなから新卒採用を諦めてしまっているケースも少なくない。しかし近年、大手企業も中途採用に力を入れてきている。応募者からの要求が多くなるほど、そこで勝負するのは得策ではない。
「中途採用で第二新卒OK、20代未経験OKという会社を散見します。採用市場の構造を知らないため新卒採用はせず、紹介会社に多額の費用を払っている。それでもなかなかマッチしないという、負のスパイラルに陥っています。なので、中堅・中小企業こそ、新卒採用に力を注ぐべきなのです」

とはいえ、多数の企業と競り合う必要があり、勝算は薄いと考える経営者が多いのも事実だ。深澤氏は「新卒採用では母集団形成が重要だと思われており、実際多くの企業がそこに多大な労力と費用をかけていますが、これは大きな間違いで、自らレッドオーシャンに突っ込んで行くようなもの」と指摘する。
そこで深澤氏が推奨するのが、採用における自社の「ブランディング」を実践すること。製品やサービスにおけるブランド構築の考え方を採用市場に応用し、連動性のある施策で自社の魅力を伝えつつ、求める人材に最適なアプローチを行っていくものだ。コストも抑えられ、より効率的な採用活動を実現できるという。
「ブランド構築ができていれば、無理に母集団形成をする必要はありません。数だけ集めても望む人材を獲得できるとは限らず、非効率だからです。自社に関心を持つ志望度の高い学生や中途採用の応募者をいかに集めるかが、成功を左右します」

なかでも重要なのが「コンセプト」づくりだ。これは採用活動全体を貫く「軸」となるもので、会社の理念や考え方、強みなどを指す。多くの企業は説明会や面接、インターンシップなどでそれぞれの担当者がバラバラな話をしており、一つひとつの内容はよくても、学生からすると会社のイメージがつかみにくい。各現場で、コンセプトが一貫して応募者に伝わるようにすることが第一歩だ。
「私のワークショップでは大きく3つのテーマに沿って、従業員と一緒に強みを探します。自分たちがこの会社に入った志望動機、事業の特長、社内の文化や価値観です。どんな企業でも20~30グループはできますから、その中で、他社ともっとも差別化できること、自信があることBEST3を選びます。そのうち、1つは必ず会社の理念、文化、価値観に関することを入れるのも肝要です。逆に、給与や福利厚生に関することは外します。採用フローのさまざまな場面で、その3つを集中的に伝える。すると応募者の脳内で、この会社は話の内容が一貫していると、ブランディング的には『強くて』『好ましくて』『ユニークな』イメージが固まっていくのです」

次に、コンセプトを伝える相手を厳選することが必要となる。
「マーケティングと同様に、採用でもターゲティングを行い、誰に訴求するかを明確にして求める人材像を設定します。大事なのは、そんな応募者は見つけられないというくらい超理想のペルソナをつくることです。できるだけ幅広く獲得しようと曖昧にすると、自社の強みが響きにくくなってしまう。ただし、すべてを満たす人を選ぶということではなく、一項目でも当てはまれば、口説きます。そういう特徴的な人たちに焦点をあてて訴求するので、HPやパンフレット、採用プロモーションのメッセージが際立ち、企業群の中で目立つわけです」

なるほど、そうして狙い撃ちでコンセプトを繰り返し伝えていけば、学生は自ずと企業の考え方に対する共感度を高めていくということだ。昨今、従業員の理念共感に力を入れている企業は増えてきたが、そもそも採用段階である程度、醸成できていれば苦労も少なくなる。
「入社時の理念共感度が高い人は、その後、活躍人材になりやすいことが統計でも明らかになっています。つまり会社の売上、利益に大きく貢献してくれるわけですから、採用は経営の重要な要素だと考えます」

実は、この意識こそが極めて重要だと、深澤氏は強調する。
「経営者の多くは、採用と事業を分けて考えてしまっています。そうではなく、採用は会社の業績、ひいては企業の成長・発展に大きな影響を及ぼしますから、採用と事業を一体として捉え、そのつながりを重視して取り組むべきなのです」

また、経営者がコミットしているかで、結果が変わってくる。
「採用を現場に任せっきりにするのは、重大な間違いです。社長が出てくれば、それだけで大きな差別化になります。会社の理念や価値観、大事にしている文化、今後の方向性などについて、もっとも熱を込めて話せるのはトップにほかなりません。経営者が説明会や面接の場に必ず参加し、自らの言葉で訴えるべきでしょう。もちろん採用担当に任せる部分があっても構いませんが、社長がいつでも出て行くぞ、というメッセージを発することが大切です」

 

会社のファンをつくれば、大手に負けることはない

こうして実際、採用ブランディングに取り組んだ結果、大企業の内定を蹴って、中堅・中小企業に入社する「ジャイアント・キリング」が多数起きているという。なぜならば、どの企業にも必ず強みがあり、それを上手に伝えれば、“採用できない”ということはないと深澤氏は語る。
「経営が成り立っているということは、自社の事業にファンがいるわけです。そういう会社が採用市場で数人、数十人のファンをつくれないはずがない。ぜひ採用におけるブランディングを実践し、求める人材を獲得してください」

本気で会社を発展させたいなら、本気で人材採用を考えなければならない。そこにどれだけ注力できるか、経営者の覚悟が問われている。

話を聞いた方

むすび株式会社 代表取締役
ブランディング・ディレクター
クリエイティブ・ディレクター
深澤 了さん

1978年生まれ。早稲田大学大学院商学研究科修了(MBA)。山梨日日新聞社・山梨放送グループでCMプランナー/コピーライターを務める。その後、パラドックス・クリエイティブ(現パラドックス)で企業、商品、採用領域のブランディングなどに従事。著書は『知名度が低くても“光る人材”が集まる採用ブランディング完全版』(WAVE出版)など。

機関誌そだとう213号記事から転載

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