特区・深圳の成長に学ぶ

中国経済の新たな潮流と日本企業の未来

太田泰彦氏(日本経済新聞社 編集委員 兼 論説委員)×望月晴文(東京中小企業投資育成株式会社 代表取締役社長)

中国経済の新たな潮流と日本企業の未来

特区・深圳の成長に学ぶ

先日、日本のピュリツァー賞といわれる「ボーン・上田記念国際記者賞」*を受賞し、 BSジャパン「日経プラス10」でコメンテーターを務める太田泰彦記者をお招きし、 専門分野である中国・アジア情勢から、とくに経済成長著しい中国・広東省「深圳」の最前線についてうかがった。

社会主義国に現れた自由な市場─深圳

太田泰彦氏 おおた やすひこ
日本経済新聞社編集委員 兼 論説委員、
BSジャパン「日経プラス10」コメンテーター。
1985年日本経済新聞社に入社。科学技術部、
産業部、国際部を経て94〜98年にワシントン、
2000年〜03年にフランクフルトに駐在。
04年から現職。
15年4月から18年3月までシンガポールに駐在
し、中国・アジア情勢について精力的に取材・
執筆している。1961年生まれ。北海道大学
理学部卒、米マサチューセッツ工科大学大学院修了。

望月晴文(以下、望月)
このたびは、ボーン・上田記念国際記者賞のご受賞おめでとうございます。

太田泰彦(以下、太田)
ありがとうございます。

望月
シンガポールに拠点を置いて近年のアジアの大変化を取材、報道してこられた太田さんに、中国経済の新潮流と日本企業が進むべき方向性などについておうかがいしたいと思い、このような場を設けさせていただきました。太田さんによる昨年4月放映のBSジャパン「日経プラス10」深圳取材は興味深い内容でした。まずは、深圳の発展や現状について教えてください。

太田
深圳は、鄧小平さんが開放政策に舵を切って発展する前は小さな村だったようです。それが今では、人口1300万を超える大都市となり、半年も行かなければ景色が変わってしまいます。道路はできるし、地下鉄はできるし、超高層ビルはできるし、すさまじい成長ぶりです。

望月
一時は日本の製造業が、安価な労働力を求めて工場をつくりましたよね。

太田
大企業が中心でした。しかし、徐々に労賃が上がり、撤退。その代わりに出てきたのが中国国内、あるいはアメリカ、ヨーロッパの中小企業、ベンチャー企業です。深圳は「ハードウエアのシリコンバレー」といわれています。アメリカのシリコンバレーはハイテクを中心としたベンチャーのコミュニティーができていますが、深圳の場合はモノづくりに関係するベンチャー、中小企業のコミュニティーがあって巨大なエコシステムを形成しています。秋葉原の電気街には1畳間くらいの小さな店がずらっと並んでいて、ものづくりが好きな人はそこへ行っていました。かつてアメリカに留学していた頃、中国人の留学生たちも、ものをつくるとき東京にいる友達に頼んで秋葉原で調達していたものです。それほど秋葉原はものづくり、ハードウエアのインベンター(発明家)にとって大切な拠り所でした。これが、もう深圳に移っています。

望月
移っている?

太田
はい。深圳の華強北(ファーチャンペイ)という場所が電気街になっていて、秋葉原の100倍、部品の手に入りやすさで言えば1000倍くらいの規模があり、大変にぎわっています。ここには中国のベンチャー企業だけでなく、ベンチャーキャピタリストもいるし、欧米の中小企業人もいるし、もちろん大企業も参入しています。その中で創意工夫が繰り返され、イノベーションが起きているのです。

望月
そこへ来ているアントレプレナーの卵のような若者たちは、中国人だけでなく欧米人もいるわけですか。

太田
そこが驚きなのです。中国は社会主義国で共産党の力が非常に強い。何かあればストップをかけるし、取り上げたりもします。その政治的なリスクや政策変更のリスクがあるため、「自由ではない」というイメージがある。私も、そう思っていました。ところが、日本のイノベーターやクリエーターなどと深圳へ行ったとき、彼らは喜々としているわけです。「自由を感じる」と言う。彼らにとって、共産党一党独裁だとか、民主主義ではないとかいうのは二の次、三の次で、自分がつくりたいから、つくれる場所に行こうとする。それが深圳だ、というのです。中国はネット環境が大きく規制されていますが、それをVPN(VirtualPrivateNetwork)でブリッジして、日本のアクセスポイントを経由してネットにつながるとか、ありとあらゆる手法を考えます。そこまでして、壁の中に行きたいと言うのです。

望月
中国に対する「自由ではない」という考えは、単なるイメージではなく、現実に規制の安定性は低く、ものすごく閉鎖的な一面があります。それなのに、なぜ深圳では自由を感じられるのでしょうか。

太田
経済特区として保護しているからだと思います。国営企業や政府はあまり口を出さずに「実験」しているわけです。何が起きるかを見ている。失敗しても、もともと小さな村ですからいいわけですよ。深圳で起こっていることが中国全土に広がっていくのか、失敗して支配、管理の世界に戻るのかわかりませんが、少なくとも、習近平政権は深圳で何か面白いことが起きているみたいだから、やらせておけという感じなのではないでしょうか。

望月
日本も特区制度を採用していますが、それは非常に限定的なものになりがちです。ある規制については自由度が高いが、その周りには別の規制があって、すべてが自由になるわけではない。そのため、本当の意味での自由な特区にはできていません。だから政府が、口を出すのはほぼやめておこうとか、国営企業を入れないといったことで本当に機能しているとしたら、深さにおいて、日本とは比べ物にならない特別区ですね。

太田
かもしれません。ある意味、野放図ですよ。何でもやっていいのですから。例えば、機械メーカーだけど、ITへ参入してIoTに行くことでイノベーションが起こり大化けするかもしれない。その場合、隣の分野に規制があっては特区が機能しませんから。深圳では、「半導体部品メーカーだ」と言っている人が明日からおもちゃ屋さんになるかもしれない。その身の軽さというか、変身できる場所というのを「演出」しているのも一つの特徴だと思いました。

中国的資本主義が世界に染み出してきている

深圳電気街・華強北(ファーチャンペイ)

望月
もう少し深圳発展の秘密に迫りたいのですが、規制が緩和された特区という以外に秋葉原とは何が違うのでしょうか。

太田
3つあります。1つは、近郊を含めると2000万人以上という規模です。しかも、そのほとんどが電気部品関係に従事しています。2つ目はスピード。規制がないし、契約書を交わさずに部品をつくり始めるような文化があります。電話して「これ、ロットでつくって」といった会話が特別なことではないのです。「深圳スピード」といわれていて、社内での承認や認証の取得などイチイチ時間のかかる日本に比べて最低でも3倍、早ければ10倍速くモノができます。3つ目はデジタルです。秋葉原はアナログ時代に発達した電気の街でしたが、深圳は最初からデジタルでした。だから、イノベーションのスピードがアナログ時代よりずっと速いのです。

望月
今は、いかに早くマーケットに出し需要をとらえるかが重要ですからね。

太田
そうだと思います。ただ、ここに来て、ちょっとした疑問も出始めています。それがデータの行方について、です。例えば、テンセント(広東省深圳市)という中国企業があります。中国版LINEのようなウィーチャットというコミュニケーションアプリで急成長した企業ですが、今は決済もできるように進化しています。中国では現金はほとんど使われずモバイル決済が主流となっているので急速に普及したわけですが、個人情報の塊のような決済データはどこへ行くのだろう、と。ウィーチャットペイで買い物したり、どこかへ行ったり、誰かと対話したりといった情報は、おそらくテンセントのデータベースに蓄積されています。そして、テンセントは中国当局に言われればデータを提供するでしょう。それでいいのかと、みなさん気づき始めているわけです。

望月
そうですね。データをどういうルールのもとで正しくコントロールするかというのは、世界中で検討が始まったばかりですから。民主主義国についていえば、そのデータの匿名性をきちんと守った上で、ビッグデータの利活用を考えようとしていますが、それでも大問題であり、なかなか妥協点が見えない状況が続いていますからね。

その辺のところは、欧米先進国の大切にしている価値観と中国の価値観とは合わないところがあります。中国は市場経済の改革開放、ある種の資本主義みたいなものをマーケットでは実現をしているものの、政治と経済を分けて変化してきた側面が強いため、どうしても矛盾にぶつかってしまいますからね。

太田
そう思いますね。

望月
ただ、矛盾を抱えながらも、習近平政権は国内だけでなく世界へ中国経済の影響力を広げていくことに、関心があるはずです。そのあたりは、どのように見ていますか。

太田
中国には14億人いて、そのほとんどがウィーチャットを使っています。少なくとも10億人はこれがなくては生きていけないというから、いってみれば中国の人たちにとってのインフラになっているわけです。アリババ(アリババ・グループ・ホールディング、浙江省杭州市)のアリペイも同じようなものです。中国の広大な国土において、中小企業の方々が自分のつくったものを自らの人脈、地縁、血縁だけでなくアリババという信用システムを通してサプライチェーンを築けるようになった。これは大革命だと思います。

しかも、それは染み出していくんです。私がシンガポールにいた3年の間にも大きな変化がありました。中国の観光客がシンガポールにやってきて「ウィーチャットペイやアリペイで払いたい」ということで、使える場所が急速に増えていったのです。タクシーも、そうです。使える場所の増加につれて、その便利さに気づいたシンガポール人の間にも広がっていきました。タイでも同じことが起こっています。つまり、中国が世界から遅れていてクレジットカードがなかったがゆえに出てきた「モバイル決済」という仕組みが、あふれ出てきて、ASEAN(東南アジア諸国連合)に染み出しているわけです。実際、アリババやテンセントなど中国企業とASEAN企業との提携が始まっています。ECの会社を傘下に収めたり、モバイル決済の会社と提携したり。こうなると、中国の人口14億人にASEANの6億人を足して20億人です。EUも北米もせいぜい4、5億、日本は1億弱ですから、とるに足りません。もしかしたら、この20億の塊が中国的なやり方によるデータの扱いの仕組みになるかもしれません。そこが、今後の非常に大きな政治、行政の課題ではないかと感じています。

望月
今までの民主主義的価値観の基盤の上に成り立っていた市場経済と国家主義がつくり上げた市場経済とが交わってきたところで、こちらの価値観ではとても許されないようなことが起こったりするのは間違いないでしょう。いや、すでに起こりつつあります。そうなると、ここでルールをつくるべきだと思うんです。国際ルールやスタンダードの市場ルールといったものを。今までの「自由貿易を世界に広げれば世の中のマーケットは進歩する」といった単純な世界ではなくて、これからは両者がうまく経済活動を展開できるルール、妥協点を見出す必要がありますね。

中国の世界進出によって新たなルールが必要

望月
「一帯一路」(中国のシルクロード経済圏構想、習近平総書記提唱)についてもおうかがいしたいのですが。日本人のある種の層、政界はもちろんのこと経済界も、これが中国の覇権主義とセットになって世界へ中国が進出していく上でのツールと受け止めている人が圧倒的に多いと思いますが、その点についてどうお考えですか。

太田
一帯一路の名前が出てくるときに挙がってくる場所や街が、いくつかあります。例えば、スリランカのハンバントタ港。ここは大航海時代、15、16世紀の時代から現在までヨーロッパからアジアへ来るときに非常に重要な役割を果たしている場所です。スリランカ政府は経常赤字に大変苦しんでいたため、中国からお金を借りてこの港を整備しました。ところが、うまく利益が上がらず結局、デット・エクイティ・スワップ(債務株式交換)で中国の出資比率が増えて中国のものになってしまいました。同じようなことはオーストラリアのダーウィンでも起きています。そういう要所を中国が支配することをもって「軍事利用目的だろう」と皆が考えるのでしょう。実際そのとおりだと思います。ただ、その一方で通商政策、産業政策という色彩もあります。例えばミャンマーで、一帯一路のインフラ建設のシンポジウムや見本市が大々的に行われています。出展企業は、コンクリートをつくる会社やベルトコンベアで砂利をつくる機械メーカーなど、何百社にもなり、そのほとんどが中国の中小企業でした。これは中国政府が「中小企業の底上げを図る」ために、一帯一路を利用していると感じました。彼らを輸出企業に育てようとしている、と。

だから一帯一路が、ただの覇権の手段やインフラ整備によって国営企業が儲かる仕組みだと考えるべきではないと思います。中国の中小企業を底上げする、産業をバージョンアップするプロジェクトということもできると思うのです。

望月
なるほど。これまで一部の大企業や政権の後押しを受けた国営企業中心だった海外進出に、中小企業までをも取り込んでいく狙いもあるわけですね。そうなると、ますますルールの重要性が増してくると思いますが。

太田
確かに望月さんがおっしゃるように、中国もグローバル世界に出ていかざるを得ないわけですから、ルールの世界に入っていかないといけませんね。

望月
そうです。人口が多いというのは、国力としては強いけれども、孤立して中国だけで成長するというわけにはいかない。ここからどうやって世界のルールとか、安定と調和していくかというのは、たぶん政治課題の中心にあるべきですよね。

太田
そう思います。もともとTPP(環太平洋パートナーシップ協定)が一帯一路構想を生んだと思うんです。TPPのルールの世界ができては困るから、それに囲い込まれないための理念、アイデアというものをつくろうとしたのです。一帯一路の標語にある「国際ルールの確立」はTPPに入っていたキーワードそのままですから。そこにいろいろな意味の技術政策、産業政策、貿易政策、通商政策という要素が入っていき、一帯一路という概念そのものが進化していったのではないでしょうか。

望月
だとするとTPPも進化していくべきでしょう。新しい課題を取り入れて、進歩していけるようなルールづくりのベースになる。それだけのポテンシャルはあると思いますよ。

技術にこだわりながら変化を厭わないのが強さ

望月
シンガポールに駐在していた経験から感じる変化はありますか。

太田
そうですね。シンガポールも中小企業とかベンチャーの人たちがたくさんいて、おもしろい企業も出てきています。何がすごいかといえば、必ずしも技術ではなく、「スピード」が優先される点です。その速さに大企業は追いつけないので、ユニリーバとか、GEとか、大製造業がシンガポールに来て中小企業と一緒にやろうとするのです。

しかし、日本の場合、まだ支配関係というか、「サプライヤーとお客さん」という関係にとどまっているように見えます。上下関係、階層構造の中で発想が縛られているような気がするんです。シンガポールとは比べものにならない実力を持った中小企業は日本にはいっぱいあるはずなのに、です。

望月
当社の投資先にも、そこにしかつくれない技術を持っている企業が、たくさんあります。

太田
そうですよね。ただ、今でもわからないのですが、日本の強みに「こだわって技術を極める」という価値観がありますよね。例えば深圳でスピナー(ハンドスピナー)という、指先でクルクル回すおもちゃがあるのですが、現地企業はこれを50円ほどで売っていました。その状況を見たある日本のベアリングメーカーが「これでは駄目だ」と、十何分間も回り続ける世界最高のスピナーを製造しました。深圳メーカーのものは30秒ほどで止まってしまうのに比べて非常に高精度だといえます。ただし価格は2万円近く。しかも、日本企業が製品を市場に出すまでの間に深圳メーカーは何千万個と売って、とっくに違う仕事をしています。どちらがビジネスモデルとして優れているのか…。商売の世界では深圳メーカーの方が賢いと思う一方、こだわってつくるところに日本の強みがあるのかな、とも思うのです。

望月
「技術を突き詰めてマネのできないものをつくる」というのは、日本の中小企業の一つの成功モデルですよね。

太田
ただ、それにこだわり過ぎると路線転換できない。例えばアナログ発想からデジタル・イノベーションに行けないわけです。

望月
そこはちょっと違うと思いますよ。磨き上げた技術をどの分野で活かせるか、常に危機感を持ちながら先を見越して動いている中小企業はたくさんあります。すべり軸受のとあるメーカーは、その研究開発で培ったトライボロジー(摩擦・磨耗・潤滑)技術を応用して免震・制震装置を開発し、多くの橋梁や建築物で採用されています。また従来、日本の自動車メーカーに供給してきたベアリングを欧州市場でも売り込み、現在では欧州車にも入り始めています。

太田
すばらしい!

望月
一つの業界、一つの大企業の要求のみに応えるだけでは、その顧客の業績が悪化したとたんに売り上げがゼロになってしまいます。その恐怖にさらされている中小企業経営者は、生き残る道を常に追求しているので、単なる下請けにとどまることはありません。

太田
下請け体質でボスの言うことを聞いていれば、とりあえず生きていけるから楽ですが、そのボス自体が、いつ、こけるか、わからないわけだから自分で考える必要があるんですね。そう考えると、あらためて感じる中国系の人たちの凄みがあります。彼らは、すごく個人主義なんです。菓子をつくって30年といったことにはこだわらず、お菓子店をしていた人がカフェ店に変えて、今度はベアリングをつくったりする。それは儲けるためで、そこに、こだわりや恥ずかしさがあまりありません。

望月
日本では、伝統が誇りになってしまう。

太田
そうです。だんだん重荷にもなってきます。ただ、華人経済を見ていると本当の技術が残っているかといったら、ないかもしれないですね。技術や匠の伝承という意味では。日本は、技術の基盤があるから、そこにプラスできるマーケティングを覚えれば鬼に金棒だと思います。

望月
中国系の人はビジネスチャンスがどこにあるかを見抜く力が凄い。だから、資金を集めて投資して、チャレンジしてボーイングの下請けになりました、という人がけっこういます(笑)。文化的背景というか、民族的背景があると思いますが、したたかさみたいなところは、日本の中小企業と似ている部分があるように思います。

太田
そうですね。シンガポールに多くの日本企業の方が訪ねてきてお会いする機会が多かったのですが、おしなべて元気でおもしろいのは中小企業でした。大企業の人は言われたから来たとか、レポートを書くために来たとか、そういう人が多い。だから、日本の力はどこにあるかと考えたときに日本経済は駄目だ、ダメだ、と言われますが、駄目なのは丸の内と霞が関という話であって、残りは全部いいのかもしれませんね。

望月
(笑)本日は、貴重なお話をありがとうございました。

機関誌そだとう196号から転載

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