中小企業白書から読み解く経営のヒント

「強い中小企業」に向けた「稼ぐ力」の強化

 

持続的な賃上げの実現、更なる深刻化が見込まれる人手不足、デフレ・ゼロ金利環境からインフレ・金利のある時代への移行など、まさに経営環境の大きな転換期において、「現状維持は最大のリスク」といえる。今年4月に閣議決定された2026年版中小企業白書(以下、「白書」)では、「長期的な視点で事業構造・組織構造を再構築していく『戦略』を持った経営に転換し、『稼ぐ力』を高め、『強い中小企業』へと成長することが重要」と指摘する。本稿では「強い中小企業」になるために何が必要か、白書から抜粋して紹介する。

 

東京中小企業投資育成株式会社
業務統括部 兼 ビジネスサポート部 部長代理
勝野 連
(2024年4月から2026年6月まで
当社から中小企業庁に出向)

経営環境の転換期

まず、賃上げの状況を確認する。2025年春闘における中小企業の賃上げ率は前年比+4・65%となり、約30年ぶりの水準だった2024年を上回った。また、賃金構造基本統計調査(厚労省)を分析すると、中小企業の現金給与額は、大企業との差は存在するものの増加傾向にあり、直近10年間の増加率は大企業よりも大きいことが示された。

一方、大企業と比較して中小企業の賃上げ余力は限られていることを踏まえると、持続的な賃上げ実現のためには、原資確保に向けて成長や生産性向上が欠かせない。次に、人手不足の状況を確認する。人口減少の進展により「労働供給制約社会」が到来し、一定の試算に基づけば、中小企業の雇用者数は、2040年には2018年比で8割半ばまで落ち込む可能性があり、中小企業は人手不足が更に深刻化する中で、生産力・供給力を維持・強化することが必要となる。

加えて、長年のデフレ・ゼロ金利環境からインフレ・金利のある時代に移行している。こうした経営環境の転換期を乗り越えるためには、リスクを恐れず、成長や変化に挑戦する経営に転換することで、「稼ぐ力」を高め「強い中小企業」へと成長することが重要だ。そのためには何が必要か。白書では、労働生産性に着目して、その糸口を示している。

労働生産性向上に向けた取組

労働生産性とは、労働投入量当たりの付加価値額である。ここでは、「従業員一人当たりが生み出す付加価値額(付加価値額÷従業員数)」と理解していただければと思う。労働生産性の向上には、①分子である付加価値額の増加、②分母である労働投入量を最適化の両輪の取組が重要となる(図1)。

 

 

本稿では、労働生産性の向上に資する取組として、成長投資、M&A、AI活用を紹介する。

成長投資

白書では、成長投資(生産能力の拡大や新事業進出を目的とした設備の新設・増強)は、付加価値額の増加に寄与する可能性を示している(図2)。

 

 

加えて、設備稼働率の向上は付加価値額の増加率を高めることを示し、そのためにも投資前に業務プロセス等の見直しを行うことが重要と述べている。

また、優良事例では、成長投資の際に支援機関をしっかりと巻き込むことの重要性を示唆する。(有)いろは堂(「おやき」の製造・販売)は、2022年に事業成長のチャンスを掴むため、当時の年商の約2倍に当たる10億円を投じて新工場を設立。金融機関と投資計画のブラッシュアップを重ねた。足下の売上高は投資前と比較して175%にまで増加し、原材料価格高騰の状況下でも付加価値率は向上している。

(株)蒼天(ペットボトル飲料水の製造・販売)では、成長投資を機に、資金調達元である東京中小企業投資育成(株)と金融機関2社を交えて毎月の経営会議を開催。足下で営業利益は40百万円上昇し、更なる成長投資も具体化しつつあるという。

M&A

構造的な人手不足が生じていることを踏まえると、M&Aにより成長志向の中小企業に経営資源を集約することで、経営の効率化・シナジー効果の発揮等を通じ、規模拡大や生産性向上を実現することは重要であるといえよう。実際に、M&Aの実施有無別に付加価値額の変化率を見ると、買収を実施した企業の方が、増加率が大きいことが示された(図3)。

 

 

また、単に買収するだけではなくPMIも重要だ。優良事例(株)カツロン(樹脂素材製品メーカー)では、後継者不足の同業2社を買収。買収先をグループ会社としての対等な関係を前提に、相互に企業文化を取り入れていくことを意識して各種取組を講じたことで、グループ全体での売上は約1割向上、3社いずれも正社員の離職は発生していないという。

AI活用

白書では、AI活用が労働投入量の最適化につながり、労働生産性の向上を実現する可能性を示している。白書によると、現状、約3割の中小企業が省力化のためにAIを活用している。一方、AIを活用していない理由として最も多いのが「活用する業務がイメージできない」である。白書では、省力化におけるAI活用シーンに関するアンケート回答をテキスト分析しており、是非活用の参考にしてほしい(図4)。

 

 

また、AI活用は省力化という面に加え、既存の従業員の業務のアウトプットを補完して付加価値額を増加させることにも期待できる。優良事例(株)オプトサイエンス(光学機器商社)は、様々な業務に生成AIを導入。例えば、広告の訴求ポイントやキャッチコピーの検討にAIを活用し、引き合いを2倍以上に増加させた。同社の宍野社長が述べるように、「AIは様々な可能性があり、経営資源が限られる中小企業こそ、使わない手はない。まずは触ってみて慣れることが重要」といえる。

結び

本稿が、中小企業のみならず支援機関においても、「強い中小企業」への成長に向けた取組の一助になれば幸いである。

 

 

中小企業白書の詳細はこちらから

https://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/index.html

 

 

機関誌そだとう227号記事から転載

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