テクノロジーの力で、未来を切り拓く

仮説で築く、“顧客理解”の必勝法

~メーカーとともに取り組む、データ活用の粋(すい)……~

CASE②株式会社オギノホールディングス

 

DXとして真っ先に考えるのは、最新のデジタルツールを駆使して、業務の生産性を向上することだろう。しかし、それだけに留まらず、自社で収集したデータをフル活用して、顧客や取引先との関係性構築に活かしている企業がある。山梨県を中心に、長野県、静岡県を含め全45カ所にスーパーマーケットやショッピングセンターを展開するオギノホールディングス(以下、オギノ)だ。

 

荻野雄二社長

株式会社オギノホールディングス
主な事業内容:
総合小売業
本社所在地:
山梨県甲府市
創業:
1841年
従業員数:
2,269人

※株式会社オギノホールディングスは持株会社で、創業年、従業員数は株式会社オギノのデータ

同社は1841年の創業以来、「店はお客様の為にある」「お客様に正直な商売」を基本理念に、安心・安全な商品開発・提供を行っている。最近では資源リサイクルのほか、古着やタオル回収などの推進、富士山の環境整備など、環境や地域に配慮した活動にも精力的に取り組む。

2021年からは、店舗において環境負荷の低い電力利用の実証実験をスタートするなど、新たなチャレンジにも着手。売上規模・店舗数ともに山梨県トップの実績を誇るとともに、地域への貢献度も高く、名実ともに確固たる地位を築いている。それを支える大きな特徴が、ドミナント戦略だ。その詳細について、同社の荻野雄二社長はこう語る。
「ドミナント戦略というのは、特定の地域に集中して店舗展開を行うこと。地域における市場占有率を高め、物流や仕入れ、販売促進などの経営効率を上げて、他社との競争において優位に立つ手法です。我々はこれに基づき、出店ゾーンを細かく分類して、人口、交通アクセス、年齢層などの特性を考慮しながら、ドミナントエリアを形成しています」

市場を絞って勝負するのは、有効な手段だといえるが、決して簡単なことではない。その地域、ひいてはそこに住む顧客の特性をよく理解し、価値を提供し続ける工夫が必要だ。
「山梨県は人口約80万人と規模が小さく、土地が安価なので、競合も出店しやすいという特性があります。その中で、数多くのライバルに負けない強さを持つこと、なおかつ、お客様のニーズを把握してマーケットを維持・拡大していくことが、我々のすべきことでしょう。そのために欠かせないのが『FSP(フリークエント・ショッパーズ・プログラム)』であり、『ID-POS』なのです」

この「FSP」とは、顧客の拡大や継続利用を目的とした販売促進活動のひとつだ。さまざまな小売・サービス業で導入されているポイントカードや、航空会社が提供するマイレージサービスなどが該当する。そこで得られるのが、年齢や性別などの顧客情報が紐づいた購買データ「ID-POS」である。

同社では1996年に会員カード「オギノグリーンスタンプカード」の発行を開始。年代やライフスタイルなどで顧客を細かく分類することで、その属性に適したサービスや特典を提供し、優良顧客の維持・拡大を図っているのだ。現在、同カードは累計85万枚を発行し、稼働数としては約40万枚。山梨県には約30万世帯が住んでいるので、一家に1枚は所有している計算だ。そこから集まる膨大なデータを、オギノはどう活用しているのか。

同社が「オギノグリーンスタンプカード」の導入を決めたのは、商圏内で、大手チェーンストアが次々とオープンしたことに起因する。オギノホールディングス中核子会社の株式会社オギノは、創業180年と歴史ある老舗企業で、すでに地域に溶け込んでいたとはいえ、強い危機感を抱いたのは想像に難くない。
「何か手を打たないと、と考えていました。ちょうどそのとき、アメリカでは、チェーンストアが会員カード戦略で顧客の囲い込みをし始めていたんです。我々もその取り組みに学び、発行することにしました」

従来も、商品をレジに通したときのPOSデータによって、「どの店で、いつ、なんの商品が売れた」という情報は収集していた。そこに、会員カードのバーコードを読み取ることによって、「誰が」という情報が加えられる。商品販売履歴だけでなく、顧客の購買傾向が見えてくるようになったというわけだ。

 

(左上)「オギノグリーンスタンプカード」、通称「CoGCa(コジカ)カード」によって集められたID-POSデータを分析。
顧客の嗜好にあわせた品揃え(右上)を実現し、最適な販促活動(下)につなげることで、その効果を最大化している。

DMをカスタマイズ。安売りではないアプローチ

「当初からIDとPOS、この2つのデータを紐づけて活用しようとはしていました。とはいえ、最初からそれらの情報をしっかり分析できていたわけではありません。特に専門家がいたわけでもなく、社内で研究を重ね、徐々に使い方がわかっていった、という感じです」

導入の翌年からは、実験的に、顧客の属性に応じたプロモーションを開始する。集まったデータをもとに、趣味嗜好に合わせてダイレクトメールを送付するようにしたのだ。
「安売りだけでは、大手スーパーに敵わないことはわかっていたので、違うアプローチを考えました。例えば、高品質志向の人、限定品に目がない人といった分類のお客様には、価格の手頃感を訴求するのではなく、“なかなか手に入らない、ちょっといいコーヒーを飲みませんか”と案内し、そのクーポンを印刷したDMを郵送します。すべてのお客様に対して、一律の内容を送るのではなく、刺さるメッセージをカスタマイズしたんです。もちろん、予想がはずれてクーポンが全然使われないなど、上手くいかないこともあり、試行錯誤の連続でした」

これが同社によるデータ活用の第一歩であり、現在のDX戦略へと進化していく原点になった。

こうした取り組みの成功と失敗をもとに、今は、大きく2種類のデータによって、顧客像にあわせた的確な販促活動を実現している。ひとつは、ID-POSによる「顧客分類」で、もうひとつは、「DNA」と呼ばれている商品の性格だ。

オギノでは、顧客の属性を調理度合いで分けて、「手づくり派」「簡便手づくり派」「簡便派」「即食派」の大きく4つに分類している。それをさらに、「季節の旬の上質素材を楽しむしっかり手づくり派」「大容量で倹約志向のしっかり手づくり派」など、全部で15種類に細かく枝分かれさせているという。そして、約1万点以上に及ぶ商品1つひとつを「DNA」と呼ばれる性格で分類している。2Lペットボトルのお茶であれば、「大容量」「健康」といった情報を付与するのだ。

荻野社長は、同社におけるデータ活用が「顧客を囲い込むためのプロモーション活動」「売り場・棚割りづくり」「改装を含めた店舗づくり」の3つに集約されると熱く語る。
「この属性の人はこんなDNAの商品を好む傾向がある、という情報を収集し、独自のデータベースを構築しています。地域によってお客様像が異なるため、あえて店舗ごとに売り場を変えるのです。例えばA店では高齢者が多く、大学が近くにあるため学生の来店も多い。その店でよく売れるのはデリカや冷凍食品、お酒で、素材食品はあまり売れません。B店は同居家族が多いエリアにあり、お孫さんのために買い物をする高齢者が一定数いて、家庭で調理する素材食品がよく売れる。両店では、同じカレーコーナーをつくるにしても、品揃えや棚割りが異なってきます」

「FSP研究会」で、業界を超えて研鑽する

特筆すべきは、こうした取り組みにメーカーを巻き込んで展開していることである。荻野社長によると、2004年にオギノ主導で「FSP研究会」を発足してから、協業が本格化したという。
「小売とメーカーが同じ目線で、同じデータを見ながら、お客様への理解を深めて売上拡大につなげようという狙いでスタートしたのが、FSP研究会です。我々小売はマーケット情報に強いものの、製造側の業界情報は掴みづらい。逆に、メーカーにとって、小売現場で何が起きているかを把握するのはなかなか難しいでしょう。その双方の知見が積み上がることで、よりお客様に刺さる販促活動ができると考えました」

自社で収集したデータを社内で完結してしまう企業が多い中、同社は惜しげもなく提供することによって、その価値をさらに高めている。スタート時、20数社程度だった参加企業は、19年目を迎えた現在、125社と6倍以上に増加した。

また、同業・異業問わず、平等に門戸を開いている点も非常にユニークだ。例えば、飲料メーカーA社との協業事例を惜しみなく発表することで、それを聞いた同業メーカーのB社に対抗意識が芽生えることを、むしろ期待しているのだという。
「ぜひ競争していただいて、お客様に喜ばれる商品開発や施策にどんどんつながればと思っています。同業者の成功例を聞けば闘争心に燃えるでしょうし、異業種の事例でも扱う商品は違うものの、ヒントになることはたくさんあるはず。みんなで積極的に情報共有をして、全体で切磋琢磨していくべきです」

最近では、酒造会社とともに効果的な売り場づくりに成功した事例がある。業界情報では、レモン缶チューハイが成長しているというデータが確認された。オギノのID-POSと照らし合わせたところ、同じく売れ行きが伸びており、さらに、若い人が購入している傾向にあることが判明した。そこでメーカーと一緒に、若年層の来店が多い店舗を実験店舗として「レモン缶チューハイコーナー」を設置。すると、市場動向よりも大きな伸び率となった。

 

オギノのバイヤーとメーカー担当者が一緒に進めた「レモン缶チューハイコーナー」(左)は、
市場動向よりも大きく売れ行きが伸びた。こうした事例を発表する「FSP研究会」(右上)を、
年に5回実施し、店舗で開催するフェア(右下)などにも活かしている。

「データ活用において重要なのは、仮説をどう立てるかということです。売れ筋の商品をただ増やすのではなく、どういうお客様に選ばれているのか、こういう集団がいるのではないかなどを想定しないと、効果的なデータ分析はできません。目の前にあるのは“生の情報”ですから、まずは、使える形に整理することが肝要でしょう。先に挙げた15分類も、あくまでも我々の仮説であり、お客様のライフスタイルは変わっていきますので、それを加味して、常にアップデートしていかねばなりません。過去こうだったから、ということは通用しないのです」

 

デジタルは使う人次第。“なんとなく”ではダメ

こうしてオギノの取り組みを見ていくと、DXという言葉が登場するずっと前から、かなりの手間をかけてデータを蓄積し、分析してきたことがわかる。その根底には、「お客様をもっと理解したい」という思いがあり、だからこそ、地道な研究を継続できたのだろう。
「結局、システムやツールは使う人次第。新しい技術を入れれば済む話ではなく、きちんと活用してアクションを起こせるかどうかが肝心です。お客様を理解するには“なんとなく”で考えるのではなく、明確なデータをもとに語るべきだと思います」

同社では、顧客動向を細かく捉えることができるため、メーカーから新商品のテストマーケティングを頼まれることもある。それにより、他店にはないものが店頭に並べば、それ自体が価値になるだろう。これもまた、好循環を生み出している。

その他にも、整備されたデータの活用により、物流・配送システムの効率化も図っているという。今後は、スマートフォンアプリによるプロモーションの普及浸透、新規のカード会員獲得などにも注力していきたいと意欲的だ。

取引先を巻き込みながら築き上げてきた“オギノ流データ活用法”。これらの施策は、これからも同社の強みとして磨かれていくに違いない。

 

機関誌そだとう210号記事から転載

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