SBIC東京中小企業投資育成株式会社

企業は、危機をどう乗り越えたのか?

経済環境、社会状況、消費行動……、様々な要因の変化で、企業は、その収益構造に大きな打撃を受けることがある。現在も続く、新型コロナウイルス禍も、その一つであろう。
ただ、企業として存続し、さらに飛躍していくためには、どんな変化が起ころうと、それに立ち向かわなければならない。そんなときに、経営者は何を考え、どう動くべきなのか?
大きな危機に見舞われ、需要を失いながらもそれに負けず、確固たる経営基盤を築き上げた実例を参考にして、今なすべきこと、そしてこれから実践すべきことを考えていきたい。

苦境のときこそ「事業拡大」のチャンス

「危機こそ、投資のチャンスです」
こう語るのは、1948年に創業した金型メーカーの老舗・株式会社明輝の黒栁貴宏社長である。

黒栁貴宏社長

黒栁貴宏社長

株式会社明輝
主な事業内容:
プラスチック射出成形用金型設計、製作 プラスチック射出成形・二次加工
本社所在地:
東京都渋谷区
社長:
黒栁貴宏
創業:
1948年
従業員数:
195名

業界でも数少ない15トンから30トンクラスの大型の金型製作を得意とし、NC工作機械やCAD/CAMを導入することで製作工程の自動化・効率化に成功。国内家電メーカーの海外進出に合わせて、1989年イギリスに工場を建設したのを皮切りに、海外の拠点を増やし、家電メーカーと二人三脚で業績を伸ばしてきた。

2000年代に入り日本の家電メーカーは中国や韓国、台湾メーカーに押されて、次第に衰退への道をたどり始める。しかし、この産業構造の転換期にあっても、明輝はその輝きを失うことはなかった。

「それまでは、ブラウン管テレビ部品向けの金型を主に手掛けていた当社ですが、液晶テレビが出る少し前の96年頃から新たな事業の柱が必要だと感じました。そこで、自動車業界への進出を模索し始めたのです」

しかし、自動車は人命にかかわるため、金型に求められる品質要求が非常に高い。曲面が多く、家電に比べて大きな部品もあるなど、製作技術においても異なる点が多かった。
「そこで、自動車メーカーの技術部門から技術顧問を迎え、コンサルタントも入れながら、技術改革に取り組むことにしました」

自動車パーツ

転機となった自動車業界への進出。事業拡大への主軸として同社を支える。

そして、ある自動車メーカーの海外進出に伴い、タイに新工場も設立。事業基盤を構築する中、大きな借入をするなど、思い切った投資をした。
「海外にいくつも工場を持っている点や、家電部品で培った鏡面磨きの高い技術力などが評価され、徐々に受注量も増えていきました」
2000年代前半には、家電向けが大半であった売上も、現在では自動車向けの売上が全体の9割ほどを占めるまでに成長。産業構造の変化に適応し、事業転換に見事成功した。

自動車業界への進出は、ある程度、事態を想定し、進めることができた。しかし、突発的な危機の場合にはそうもいかない。
「リーマンショックのときは、5~6年の間、人材育成の費用や設備投資を控えるなど、徹底的なコスト削減をせざるをえませんでした。ただ、これが落とし穴でした。需要が戻ったときには生産設備のキャパシティが足りず、外注せざるを得なくなり、結果として、チャンスを逃がしてしまいました」

これが教訓となり、黒栁社長にとっての経営信条ができ上がったという。
「コロナ禍の今、新たな工場建設という攻勢をかけていきます。さらなる事業拡大への足がかりです」
ある顧客の生産工場が移転することがきっかけとなり、同社を支える金型メーカーとして、頭2つ分ほど抜け出すために勝負に出たのだ。

株式会社明輝危機脱出の軌跡

しかし、大きな投資には、社内からの反発や抵抗がつきものだ。事業を永続させるためには、若手社員をはじめ、全社が一丸となる必要がある。
「2016年頃から、組織改革を進めています。会社の次代を担う若手を各部署から集めて、プロジェクトチームを編成、そして、人事制度や中期経営計画など、経営の骨格をなす仕組みづくりに参画させたのです」

これによって、経営を“自分事”として考えられる人材を育て、社内が同じ方向を向いている雰囲気が醸成されつつあるという。
「トップダウンでは、様々な対策を講じなければならない危機において、柔軟性にやや欠ける面があります。また、時代の移り変わりに対応していくためにも、若手の意見を経営に取り入れる仕組みや風土は大切だと思うのです」

組織が一体となって危機に立ち向かう強さを堅持するには、こうした柔らかな考え方が重要だ。常に、臨機応変に動ける土壌を築いておくことが、危機を跳ね返しながら攻勢をかけるためには必要だといえる。

危機を乗り越える鍵は明瞭な目標

「会社が危機に陥る原因は、経営者自身の脆弱性です。トップがそのことを自覚しない限り、危機を乗り越えるのは難しいでしょう」(栗田佳幸社長)

栗田佳幸社長

栗田佳幸社長

株式会社ミズ・バラエティー
主な事業内容:
物流サービス業務全般、クリーンルーム内製造、販促キャンペーンの運営、通信販売、カタログ販 売等における受注業務、ノベルティの企画・提案・制作
本社所在地:
静岡県富士市
社長:
栗田佳幸
創業:
1976年
従業員数:
253名(パート含む)

静岡県富士市に本社をおく株式会社ミズ・バラエティーは、検品や梱包、表示サービスなどの構内作業を核としたサードパーティーロジスティクス(3PL)を主力事業とするほか、化粧品や医薬部外品の受託製造、健康食品事業などを幅広く手掛ける。

同社の特徴は、システム開発部門を自社内に持ち、荷主=顧客の基幹システムと連動することによって、物流面から顧客の経営自体を改善していける点にある。
また、物流業界でいち早く情報セキュリティの重要性に気づき、高度な品質管理と堅牢な情報管理を実践している。
こういった実績から同社は信用を集め、2018年度の売上は23億4000万円に達した。ただ、この売上が、リーマンショック後には3分の1以下にまで落ち込んだこともあった。

リーマンショック前は販促品の企画・販売事業を主力としていた同社。なかでも、ペットボトル飲料などの景品として企画した携帯ストラップなどのグッズが相次いでヒット。東京と中国に3支店を設立し、上場準備に入るほどの急成長を遂げた。

ところが、ガラケーからスマホに切り替わると携帯ストラップの需要は減っていき、そこに、リーマンショックが重なった。取引先はコスト削減のため、真っ先に販促費を凍結していったのだ。あっという間に売上は3分の1にまで激減。支店の閉鎖や人員整理にも踏み切らざるを得なかった。

「当時の経常利益率は、今では考えられないほど低かったはずです。当然、売上が数%落ちただけで赤字に転落してしまいました」

悪化する業績に気持ちばかりが焦り、無理なノルマを営業に課しては、達成できないことに腹を立てた。そして、社長自身が精神的に崩れ、その様子に不安を感じた社員が離れていったという。
同社は、いかにして復活を遂げたのか。

「この教訓から、自身が会社の経営数値、いわば健康状態を把握していないことを痛感しました。そのため、会計や決算書の読み方に関して徹底的に学んだのです。おかげで今、コロナの影響で一時的に業績が悪化しても焦りはありません。仮に売上が3割落ちても赤字に転落しませんし、銀行から新たな借入もできました」

株式会社ミズ・バラエティー危機脱出の軌跡

経営数値に強くなったおかげで、業績が悪化しても、リカバリーするための具体的な目標を迅速に示すことができるようになった。
「たとえば、売価を1%上げよう、100円のものを99円で仕入れよう、などと伝えていくのです。無理のない明確な目標をクリアするだけでゴールに到達できると思えると、社員たちは主体的にやるべきことを見出し、動き出してくれます」

栗田社長の戦略は、これだけでない。
「当時、あらためて当社の強みは何かと考えた結果、パートの皆さんの仕事ぶりだと気が付いたのです。地道な仕事を丁寧かつ正確に行い、お客様の信頼を積み上げてきたわけですから。そこで、彼女たちの手仕事を最大限活かすために、3PL事業を拡大していきました」

徹底した品質管理と情報管理

徹底した品質管理と情報管理によって信頼を勝ち取ってきた同社。新事業においても“精鋭部隊”であるパートの力が遺憾なく発揮されている。

「パートの皆さんは会社の宝である」ということを社内に浸透させるため、9カ条からなる『パート憲章』も定めた。会社から大切にされていることを感じたパートの方々も、仕事に一層、前向きに取り組むようになったという。
経営者が常に己を省み、学んでいくことこそ、危機を乗り越えるための大きな原動力となるのは間違いないだろう。

トップの「現場把握力」で道を拓く!

「自動車部品メーカーの工場を見学したとき、当社が培ってきた技術を応用することで、新たな顧客獲得や価値提供につなげられると感じました」

こう語るのは、株式会社サン精密化工研究所の村上守社長である。プラスチック用精密金型の設計・製作から射出成形までワンストップで対応できる設備と技術を備え、1963年の創業以来、日本のモノづくりを支えてきた。

村上 守社長

村上 守社長

株式会社サン精密化工研究所
主な事業内容:
精密プラスチック機械部品の成形加工および販売、精密プラスチック機械部品成形用金型の設計製作 および販売、その他各種機械部品の試作研究および販売
本社所在地:
埼玉県久喜市
社長:
村上 守
創業:
1963年
従業員数:
99名

同社は、高い精度を求められる時計やカメラなどの機構部品を得意とする。1980年代に大ヒットした携帯型オーディオプレーヤーに同社の歯車が採用されたことで飛躍のきっかけをつかむ。以降、ビデオカメラや家庭用ゲーム機など、ヒット商品に次々と同社の製品が使われていく。

しかし、2006年頃から雲行きが怪しくなる。顧客の海外シフトによって国内生産が減少しただけでなく、カメラ市場もスマートフォンに押されはじめたのだ。同社の顧客はカメラ業界がほとんどだったため、2010年には売上が半減してしまったという。

この対策の一つとして、ごくわずかではあったが、取引のあった自動車業界への営業を強化するなど、カメラ業界以外での需要獲得を目指した。
そこに、チャンスが巡ってきた。車載部品に関してのトラブル対応の相談を受けたのだ。この依頼に見事応えたことで、自動車業界に進出する足がかりを得たという。

「当社の技術部隊であれば必ず解決できるという自信があったからこそ、受注につなげることができたのです」

そして、いくつかの自動車部品メーカーから声を掛けられるようになる中、ある工場を見学する。そこで、冒頭にあった言葉のように、事業の好転を予感したという。
「自動車業界は安全性を非常に重視しているので、一度決まった仕様は容易に変えられないと聞いた一方で、他の技術を取り込むことによる工程削減など、改善の余地が残されていると感じたのです」

上海工場の成形部門

上海工場の成形部門。日本と同様の生産対応が可能。
生産設備等を改良することにより、極限まで生産性の向上を追求している。

サン精密化工研究所が、かつて主戦場としていたカメラ業界では、毎年、春・秋に新商品が発売される。その都度、高性能化、コンパクト化が図られ、コスト削減に対する要求も厳しくなるという。同社が同業界で長年培ってきた技術やニーズへの対応力は、日々改善を続ける自動車業界においても重宝され、業界を超えた武器となったのである。

しかし、生産ラインを見た程度で、取引先にとって有益な改善点をどのように見つけるのだろうか。

「常日頃から自社の金型設計や製作、製品の生産現場を自分の目で見て把握し、頭の中にある“自社の技術力の現状”を更新しておくことが必要です。次に、その情報を持って、お客様の現場を見ることで、当社にできることや提供できる価値に気づけるのだと思います」

コロナ渦においても、臆することなく事業を前に進めるための心がけを欠かさない。
「この期間に人材育成をしっかり行い、コロナが収束した後も、事業をしっかりと継続・発展させていける組織を目指しています」
現場の技術を正しく次世代へとつなげていくことで、同社の事業の裾野はさらに広がっていくはずだ。

今後も企業が生き残っていくためには、自社ができることを客観的に見極められる「トップの眼」が求められる。そのために、経営者は日々危機感を抱きながらも、企業価値の根源ともいえる“現場”を、しっかりと把握する必要があるだろう。

経営者が持つべき「3つの力」とは?

大企業と比べ中小企業の経営者は、交代のサイクルが長いことも多い。その間には、幾度となく危機に遭遇することもある。
ピンチを乗り越えて事業を継続するために経営者は、日頃から「読む力」「問う力」「つなぐ力」という3つの力を養っておく必要があると、立教大学名誉教授の山口義行氏は語る。

まず、「読む力」とは、“時代を読む” “経営環境を読む” “景気の先を読む” など、自社を取り巻く経済的・社会的環境をしっかり読み解くことだ。
「コロナ禍で、企業は大きな“変化”を余儀なくされています。その本質を、しっかり読み解くことが重要になっています」

この“変化”については、いくつかの動きがあるという。
まずは、「ビジネス形態の変化」だ。コロナ禍で対面が難しくなった今、各社ともネットなどで新たな取引先を探すようになっている。いち早くネット上で販路を見つけ出した企業は、すでに売上を取り戻しつつあるという。

次の“変化”は、「生活様式の変化」である。リモートワークが一気に普及して、消費行動が変わりつつある。

その例として、産業廃棄物の処理などを手掛けるケー・イー・シー(三重県桑名市)という会社を山口氏は挙げる。分解処理に利用される技術を応用して、カフェインレスコーヒーの大量生産に成功した同社は、当初、カフェインを嫌う「妊婦」をターゲットにしていた。ところが、ネットで商品を販売してみると、男性客が多く買っていたのだ。

実は、リモートワークの人が夜に一息入れるときにカフェインレスコーヒーを求めていたのだ。同社は、ビジネスマンに照準を合わせて、もう一度PRをした。すると、地元の新聞やニュース番組などにも取り上げられて、一気に売上が拡大したという。
このように、戦略を柔軟に変更できる体制も、変化や危機に強い企業の一つの要素といえるだろう。

最後の“変化”は、「社会構造の変化」だ。リモートワークの普及により、郊外への移住に関心を持つ人が増えている。人口移動に伴って、郊外では新たな企業が”チャンス”をつかむ可能性があるのだ。コロナによる社会の変化は、中小企業にとって事業を拡大・転換できる“きっかけ”となりうるのである。

さて、話を経営者が持つべき力に戻そう。
2つ目の「問う力」とは、日常の繰り返しである企業経営の中で、常に「これでいいのか」と自社の提供する商品やサービスの意義を問い、自社の存在価値が何かと考え続けることを指す。これが、会社を変革する「力の源泉」となる。
経営者とは、会社が「間違った方向に進んでいないか」を判断し、方向修正できる唯一の存在である。だからこそ、常に問い続け、自社の向かうべき方向を見極めていく必要があるのだ。

3つ目の「つなぐ力」とは、自社の「足りない部分」を他社との連携で補う力を指す。つまり、経営者の「つなぐ力」が、会社の価値創造力の源となるわけだ。
「1社で負えないコストも2社で分け合うようにすれば、リスクを抑えながら新たな事業にも挑戦できます」と山口氏は語る。
そのためには、経営者が日頃から人脈を広げておくことが求められるはずだ。

危機に遭遇してからでは遅い。経営者は日頃から、この3つの力を意識して養っておく必要があるだろう。

機関紙そだとう204号記事を要約

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