わが社の承継
株式会社 丸三電機

父から2人の娘へ、言葉で受け継ぐ“イズム”

 

株式会社 丸三電機
主な事業内容:
ヒートシンクをはじめとする電機・電子機器用部品の製造及び販売
本社所在地:
東京都千代田区
創業:
1950年
従業員数:
70名

 

ある日、父が長女へ「会社を継ぐ気はあるのか?」と問うと、長女は「やります」と返答。それに対して、「“こんなはずじゃなかった”とか、“仕方なく引き受けた”なんて、絶対に言わないこと」と、父は固く約束させた。それから約15年。社長となった長女は、取締役で自身の相棒とも言える妹と二人三脚で、父が大きくした会社をさらに成長させるべく邁進している。そして会長となった父は、2人の娘の奮闘ぶりを頼もしく見守っている。

1950年創業の株式会社丸三電機は、放熱の目的で電子機器などに取り付けられる「ヒートシンク」の開発・製造を主な事業とする企業だ。顧客の要望に合わせ、オーダーメイドで熱対策を提案。現在は、基地局などの情報通信関連、半導体製造装置関連が主力市場で、全国各地から寄せられる多様な相談や引き合いに応えている。

自社の強みを、「品質至上主義を掲げ、コツコツと積み上げてきた品質です」と話す竹村元秀会長は、創業者の甥である。戦後すぐに露店から商売を始め、秋葉原に小さな商店を構えて事業をスタートさせた元秀氏の叔母は、当時は珍しい女性経営者だった。大学卒業後、叔母の会社に入社した元秀氏は、子どもがいなかった叔母から社長の座を譲り受けた。39歳のときである。

「いずれは……と思ってはいましたが、株主総会の場で突然、“明日からあなたが社長をやりなさい”と言われ、青天の霹靂でしたね。翌日、町の書店へ行って経営に関する本をたくさん買い込んだことを覚えています」と、当時を振り返る。

元秀氏が社長へ就任してまず取り組んだのは、当時は取り組んでいる企業が少なかった次の3つの施策だった。1つは、経営理念の策定。品質向上を目指す上で軸となる社内の共通認識が必要だと考えたのだ。元秀氏が4カ月もの時間をかけてつくった以下の経営理念は、現在も同社の指針であり続けている。

〈経営理念〉
◎高品質・高効率の部品を供給(開発・生産・流通)することにより、電子業界をはじめとする、あらゆる業界の発展向上に貢献する。
◎社員の豊かさに向けて、企業福祉の増進・充実を目指し、その人生を有意義ならしめる。

2つ目は、社員の健康診断の実施。3つ目は、就業規則も含めた各規定の制定だ。これらは、「社員が安心して働ける環境を整えたい」との思いから着手したもの。銀行などにも相談し、さまざまな規定を確立した。経営理念の1つにも「社員の豊かさ」がうたわれており、経営者として社員を大切にしようとする姿勢が見て取れる。

 

後継ぎ候補の圏外から、突如、大本命に急浮上

この思いを引き継ぎ、2017年に社長に就任したのが元秀氏の長女・美香氏だ。次女の美紀氏は取締役に名を連ね、姉を支えている。短大卒業後、父の会社に入る気など全くないまま就職活動をしていた美香氏のもとに、元秀氏から「うちに入らないか」と声が掛かる。

取締役会長
竹村 元秀

「創業者である大叔母とは、長く一緒に暮らしていましたから、仕事の雰囲気は感じていましたし、大叔母が営んでいた店(同社の前身)でアルバイトをしたこともあったので、会社が遠い存在ではありませんでした。だから、“入ってもいいかな”と、入社することにしたんです。ただ、その時は自分が社長になるなんて、思ってもいませんでした」
美香氏は、入社の経緯をこう話す。

妹の美紀氏は、姉の4年後に入社。これも元秀氏からの誘いだった。
「就職活動をしなくて済むから、いいかも。そんな軽い気持ちでした」と美紀氏は笑う。2人とも、入社当時は経営に携わる未来予想図は描いていなかった。しかし、なぜそこから、現在の姉妹での経営体制が築かれるに至ったのだろうか。その大きな要因は、「後継ぎ候補」が不在となったことだった。

当初、美香氏の夫に継いでもらう予定だったが、入社後の働きぶりが期待に沿わず断念。結局、離婚も決まって「次の候補は?」となったとき、美香氏に白羽の矢が立った。そうして、冒頭の「会社を継ぐ気はあるのか?」の問いかけがなされたのだった。美香氏が「やります」と答えた背景には、仕事に励む大叔母のイメージがあったという。

「創業者が女性だったことに、ちょっと運命的なものを感じてしまった」と、美香氏。YESの返事がさぞうれしかっただろうと推測するも、元秀氏は、「いやいや。娘に経営者としての能力があるかわかりませんから、一から教えていかないといけないなと思っていました」と、正直な胸の内を打ち明ける。

 

(写真左) さまざまなモデルのヒートシンクを開発。特許出願中の製品も。
(写真右) ヒートシンクのシェア40%を誇るトップメーカーを支える社員たち。アットホームさが丸三電機らしさ。

親子3人きりの経営塾。会長からの尽きない教え

言葉通り、元秀氏は自身が積み上げてきた経営ノウハウ、心構えといったあらゆることを、娘たちへ伝授し始める。1カ月に1回、2~3時間ほど3人だけでひざを突き合わせ、経営塾が開かれたのだ。
「一般的な財務や経営知識のようなものは、ビジネススクールで教えていただきましたが、ここでは丸三電機ならではの数字の読み方、組織の考え方など、具体的に当社に落とし込んだことを教わりました」

“内輪の三人の会”を意味する「内三会」と名付けられた経営塾は、社長室で行われることもあれば、食事に出かけた先で開催されることも。親子で和気あいあいと進めていたのかと思いきや、「何度も号泣するくらいに怒られて、参加するのが嫌だったこともありました。せっかくレストランに行ったのに、何も食べられずに泣いて帰ったこともあります」と、美香氏。元秀氏の本気度が伝わるエピソードだ。

「私は先代の息子ではなかったので、 なかには“どこの馬の骨ともわからない奴が社長になるのか”と思っていた社員もいたんですよ。それが嫌だった。だから、自分なりに一生懸命に考えて経営をしてきました。長い間、気づいたことや自分の考えなどをたくさんのメモに残してきたのですが、それを基に2人へ教えようと思いました」

叱りつけてでも、覚えてほしい、身につけてほしいことがある。たくさんの涙を流して学び、勉強になったこととして美香氏が挙げるのは、「社長方針のまとめ方。自分の思いを社員に伝える大切さ。判断に迷ったときの考え方です。本当にいろんなことを教わりました」。

美紀氏は、「私は、意見があっても遠慮して心にしまってしまうタイプ。でも父から“誰よりも会社のことを考えている自信があるなら、意見を言っていい”という言葉をもらいました。それからは、“会社のために言わなければいけないことは言う”という気持ちで、伝えることを大切にしています」と、ありがたかった父からの教えについて話す。

「私がこの世にいなくなったら、“会長なら、この難関をどう乗り切るだろうか?”と、思ってもらうことが理想」と、自身の“経営イズム”が2人へ受け継がれることを、元秀氏は望んでいる。
これについて、「もはや今も、何か決断する時には“会長だったら、どう考えるかな?”と2人で話します。内三会を通して、父に対する尊敬の念が湧きました」と美香氏。「今、仕事をしているうえでの判断はすべて、内三会で父から教わったこととつながっている気がします」と美紀氏。父の思いはしっかりと、娘たちへと受け継がれている。

実は、「内三会」は現在までの15年間、毎月継続しているのだという。元秀氏には、まだまだ2人に伝えたいことがたくさんあるのだ。

 

(写真左) 品質第一で技術を磨き続けてきた。製造過程はもちろん、厳しい出荷検査も実施。
(写真中央) 昭和25年、(株)秋葉原ラジオストアーとして大叔母(前列中央)が創業。
(写真右) 東京都千代田区に構える本社。埼玉にも事業所と営業所を設けている。

支え合える心強い関係性。姉妹で会社をさらに上へ

社員を大切にする元秀氏の経営スタイルを受け継いだ美香氏が、社長就任後に美紀氏と共に取り組んだのは、社員の働きやすさのさらなる向上だ。給与体系を見直し、段階的に給与を引き上げ、産休・育休制度も充実させた。他にも、「自己力量向上計画」と題した施策をスタート。社員一人ひとりが強みを伸ばし、弱みを克服して自己研鑽できるよう、1年に1つ、各自で目標を定めて努力する仕組みを設けた。
また、元秀氏が「新製品への特許、実用新案、意匠登録に生かせるように」と社員へ取得を促した「知的財産管理技能士」の国家資格についても、取得支援制度を拡充。現在、18名の社員が資格を取得して業務に活かし始めている。「社員の成長が会社の成長につながると考えています」と美香氏。

代表取締役社長 竹村 美香(写真右)と、
取締役 竹村 美紀(写真左)

姉妹で経営に取り組むことを、2人とも「とても心強い」と話す。「私だったら絶対に、社長なんて継げません。私にはできないことを姉はやっている。だから私は、しっかり支える役割を果たしたいと思っています」と美紀氏。
「父にはいつも、“2人で1人前だ”と言われていますが、その通りです。気を使うことなく、本心で“大丈夫だよ、やってみなよ”と背中を押してくれたり、ダメなことは“それはちょっと”と止めてくれたりする存在が、どれだけ心強いことか。すごくありがたい応援団が近くにいてくれていると思っています」と美香氏。
美紀氏は現在、経理の責任者として財務を担当しているが、「社長交代の時、“まだ使える”と、社長室のデスクを新調してもらえなかった。それほど、財布のひもが固い」と、美香氏から絶大な信頼を得ている。

社長交代から約8年。元秀氏は、「最近は、細かく口を出さなくてもよくなってきた」と、2人の成長を感じている様子。そして、「“今”ではなく、“少し先”を見る視点を持つこと」と、アドバイスする。
姉妹が“少し先”に目指すのは、「総合熱対策企業」として確固たる地位を築くこと。父から学んだ「丸三電機の経営」のすべてを、2人で“もっと先”につないでいく。

 

機関誌そだとう224号記事から転載

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