国際ビジネスの紛争解決に「仲裁制度」を利用しよう

一般社団法人 日本商事仲裁協会(JCAA)
板東一彦理事長

板東一彦理事長

裁判よりも断然早く、かつ安価に国際取引のトラブルを解決できる仲裁制度。海外進出する企業にぜひ知っておいていただきたい本制度をご紹介します。

泣き寝入りしがちな日本企業

日本企業の海外進出とともに、海外の提携先や取引先とトラブルが生じるケースも増えている。トラブルは裁判で解決すればいいと考えるのは安直だ。まず、日本のような司法制度がどの国でも整備されているわけではない。また、相手国で訴訟を起こせば現地の弁護士を雇って英語や現地語でやりとりすることになり、出廷のために渡航する必要も生じる。国内の訴訟より大きな手間や費用がかかるため、泣き寝入りや不本意な妥協をする企業は少なくない。

ただ、トラブルの解決手段は裁判に限らない。海外との紛争解決手段としてぜひ検討したいのが「仲裁制度」(以下、本制度)だ。日本国内で国際ビジネス紛争を継続的に取り扱っている唯一の機関である日本商事仲裁協会(JCAA)の板東一彦理事長は、次のように解説する。

「本制度は国内・国際取引を問わず広く利用されていて、実は国際取引に関する紛争解決の約半分に本制度が利用されています。ただ、2018年に世界の主な仲裁機関が受理した仲裁事件件数約3000件のうち、日本企業が当事者となったのは約70件のみ。日本では認知されず、十分に活用されていないのが実情です」

仲裁の最大の特徴はスピード

具体的にはどのような制度なのか。仲裁は、当事者が合意のもとで仲裁人を選んで紛争の裁定を委ねる紛争解決手段である。最大の特徴はスピードだ。

「当事者の合意内容によりケースバイケースですが、申し立てから仲裁人の選定までは約2カ月です。JCAAの場合、5000万円以下の少額の紛争なら、仲裁人選定から3カ月で裁定が可能です。この点だけでも一般的な裁判より早いですが、それに加えて本制度は控訴・上告が認められていないことも大きい。1回で終わるので、より早期の解決が可能です」

裁判は長期化すると弁護士費用が膨らんでいくが、本制度は早期に決着するためコストを抑えられる。相手方への請求金額に応じて仲裁機関に管理費を支払う必要があるが、JCAAの場合、5000万円以下なら管理費は50万〜80万円とリーズナブルだ。

「少額の請求だから訴訟は難しいと諦めていた企業も、本制度ならコスト面のハードルも低く、利用しやすい。実際、過去6年間にJCAAが受理した仲裁事件のうち、全体の25%が請求金額5000万円以下でした」

具体的なケースを紹介しよう(下図参照)。日本の飲料メーカーがアジア某国での販売を拡大するため、現地企業A社と販売店契約を結んだ。取引は十数年続いていたが、直近の販売実績が極端に落ち込んだことから、日本企業はA社に契約を更新しないことを伝えた。すると、A社は契約継続を主張しつつ、まだ契約期間中にもかかわらず商品の発注・販売を停止した。

「日本企業が被った損害額は1500万円で、現地で訴訟を起こせば費用倒れになる可能性が高かった。そこで日本企業はJCAAによる仲裁を選択。第三国の仲裁人に委ねたところ、A社には1000万円の支払い命令が下りました。申し立てから仲裁判断まではわずか5カ月でした」

仲裁の結果は裁判に優先する

仲裁制度を活用するメリットは、手間やコストの負担が軽いことだけではない。

じつは仲裁判断は、「外国仲裁判断の承認及び執行に関する条約」(ニューヨーク条約)を結んだ160カ国以上で強制執行ができ、それは現地の裁判所の手続きに優先する。つまり相手方が自社に有利になるように自国で裁判を起こしても、仲裁制度で覆すことが可能なのだ。

これも実例を紹介したい。建設資材を扱う日本の老舗企業が、アジア某国で現地企業B社と合弁会社を設立して、合弁会社との商標ライセンス契約を結んだ。しかし、B社は合弁契約で定められた義務を履行しなかったため、日本企業は合弁会社の持ち分をB社に売却して撤退した。

ここまでなら高い勉強代として済ませることもできたが、撤退後も合弁会社が商標を無許可で利用し続けて、しかもブランドを毀損するレベルの低品質や低価格だったことが発覚した。日本企業は商標ライセンス契約が終了していることを通告したが、B社は逆に「ライセンス契約は解消されていない」と現地で訴訟を提起した。

「現地の裁判所の中立性には疑問が残るため、そのままでは敗訴のリスクがありました。そこで日本企業は本制度の利用を決断。ロイヤリティ相当額700万円を請求する申し立ての通知をB社に発送したら、2週間後に先方の弁護士から連絡があって和解交渉に。結局、B社が訴訟の取り下げと商標不使用を飲んだため、日本企業も申し立てを取り下げました」

B社が一転して軟化したのは、たとえ自国の裁判を続けても、迅速に判断が下される仲裁で負ければ、その判断が自国でも執行されることがわかっていたからである。本制度の実効力は、それほど強力なのだ。

その他、本制度は裁判と違って紛争の事実や内容をオープンにしなくていいという特徴がある。トラブルに巻き込まれていることがわかると不要な憶測を招いたり、競合他社につけこまれたりするおそれもある。その点、すべて非公開で行われる本制度は安心だ。

事前に契約書に仲裁条項を!

紛争解決手段として頼りになる本制度だが、注意点もある。本制度の利用には、当事者間の合意が必要だ。仲裁判断で不利になることが予想されるなら、相手方は当然のように合意を拒否するだろう。そこで重要になるのが契約段階での合意だ。

「取引を開始する際に契約書に仲裁条項を盛り込んで、紛争発生時は裁判ではなく仲裁で最終的に解決する旨を明記して合意しておくのです。事前の合意があれば、万が一のときにスムーズに本制度を利用できます。契約書に仲裁条項を入れるのにお金はかからない。仲裁条項は、いわば“掛け金のない損害保険”のようなものです」

仲裁条項は、単に本制度を紛争解決の手段として選ぶことだけでなく、仲裁の申し立て先を指定しておくことも大切だ。仲裁人の裁定はフェアだとしても、手続き面などでホームとアウェイの差が生じるおそれがある。日本企業なら、日本で仲裁申し立てをしたほうが無難だ。最後に板東理事長は、こうアドバイスしてくれた。

「国際ビジネスのトラブルから身を守る“転ばぬ先の杖”として、仲裁条項は必要です。すでに契約を結んでいる場合も、更新時に新たに仲裁条項を入れられる可能性があります。電話でもメールでもいいので、JCAAに気軽に相談いただきたいですね」

機関誌そだとう205号記事から転載

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