投資先受賞企業レポート
5Kからの脱却。“Yes,I can!” を合言葉にチャレンジを続ける

「変化は不変」だ。その中で生き残るために

サン工業株式会社

川上健夫社長
1950年、長野県生まれ。大学卒業後、サン工業へ
入社し、1998年に代表取締役社長就任。座右の銘は
「Back to the basicfor big tomorrow」

 

サン工業株式会社
主な事業内容:
金属表面処理加工業
本社所在地:
長野県伊那市
設立:
1949年
従業員数:
180人

 

「デザインの学校を出た私には、めっきの知識はもとより、経営のノウハウなど何もありませんでした」
こう語るのは、サン工業の川上健夫社長だ。同社は、川上社長の父である廣見氏が1949年に創業した会社である。現在では約80種類のめっき加工技術や25種類ほどのめっき処理技術を有し、顧客や製品の専用生産ラインを設けるという特徴的なビジネスモデルで業界トップクラスの業績をあげている。

ゴルフシャフトのめっき加工ラインにおける作業の様子。

しかし、川上社長が24歳で入社した当時は「お金もモノも人も何もない」状況だったという。
「私自身は仕事を楽しんでいましたが、当時のめっき屋は、危険、汚い、きついの3Kに暗い、臭いを加えた5Kの代表のような仕事でした。そのため、若い人が入りたがらない。小さな町工場でしたから、潤沢に資金があるわけでもありませんでした」

なんとか変えたいが、その状況下で何ができるのだろうか。打開策を求めて、経営に関するさまざまな書籍を読み、日本青年会議所などを通じて多くの経済人から話を聞く機会も持った。その中で、ある経営者の言葉が胸に刺さったという。

「売上はお客様からいただく感謝の証で、利益はお客様の満足度だといわれ、本当にその通りだと思いました。では、お客様に満足していただく方法には何があるのか。それは、技術であり、サービスであり、価格が基本になります。ただ、安さだけを追求しようとすると、価格競争に巻き込まれてしまいます。当時のサン工業にそんな体力はありません。そこで“Yes,I can!”をスローガンに、お客様の要望に何でも応えることで満足を提供しようと考えたのです。いただいた依頼は一切断らず、要望を実現する技術の研鑽に努めてきました」

めっきには、亜鉛、ニッケル、クロムなどの種類があり、加工技術や処理技術も細分化されている。そのため、めっき事業者によって専門分野が分かれており、何種類もの素材に対応しているところは少ない。また、生産効率を高めるため、多くの顧客から受注を獲得して、1つのラインで複数種類の製品を同時にめっきするのが当たり前だった。それゆえに、顧客ごとの細かい要望に応じることは困難ということになる。

同社は、こうした業界の常識を変えた。細かな要望に応えるため、顧客ごとに専用のめっき処理ラインを設置。現在30あるラインのうち約20を専用ラインが占めているというほどだ。だからこそ顧客が必要としている製品仕様に応じて、めっきの処理方法をカスタマイズすることが可能となる。たとえ技術的に難易度の高い加工や処理が必要であっても、サン工業の技術者が知恵を絞って対応する。

社員の学びを促進する取り組み「SUN Day」の様子。

その品質の高さゆえ、開発段階から同社の技術者に加わってもらいたいという顧客が次第に増えていき、それとともに専用ラインの数も増加していった。
「めっきのプロフェッショナルという立場で製品開発プロジェクトに参画することで、めっき処理の品質を高めることができますし、お客様により大きな満足を提供しやすい環境をつくることができました」
バリューチェーンの初期段階から加わることで、技術的な囲い込みが可能になるだけでなく、安易な価格競争に巻き込まれるのを避けることにもつながっているのだ。

同時に、顧客からの多種多様な要望に対応すべく技術の研鑽に努めてきたことで、技術力や課題解決能力、設備能力という大きな武器を獲得することになった。その結果、「めっきで困ったときはサン工業へ」という駆け込み寺的な存在となり、現在では全国各地1000社超の企業から依頼が届くほど。地域に根差して地場企業の注文に応えるのが普通だった、業界のあり様も変えたのである。

 

自分たちの努力や成果が、会社の発展につながる実感

新しく建設した倉庫には、大きく「Yes, I can!」の文字。

顧客に満足を提供するため、難易度の高い要望にもチャレンジして技術の研鑽に努める──。いうだけなら容易いことだが、実行するのは非常に難しい。そもそも、社員がその気にならなければ、新たなことにチャレンジしようなどとは思わないだろう。何かを変えるよりも、今までやってきたことを続けるほうが圧倒的に楽だからだ。

チャレンジすることには、困難がともなう。もちろん失敗することもある。そこへ一歩を踏み出してもらうには何が必要なのか考えた結果、辿り着いた答えが、「会社や仕事に対する“誇り”と“共感”」を社員に持ってもらうことだった。そこで、まずは職場環境の改善から取り組むことにした。川上社長は32歳のときに先代社長へ直談判し、当時、年商の2.5倍という資金を金融機関から調達して工場を新設したのだ。

「3K、5Kといわれるような環境で一生働き続けるのは嫌でしょう。ここから変えていかないと、若い人にきてもらえません。会社においてもっとも大切なのは“人”です。だから、人が集まってくる会社、働きたいと思える会社づくりには積極的に投資しています」
その姿勢が現在も変わっていないことは、「社員の子育て応援宣言企業」や「職場いきいきアドバンスカンパニー認証企業」などの認定取得に取り組んでいるところからもうかがい知ることができる。

サン工業では賞与を年3回出しているが、その理由も「賞与2回分はローンの返済など生活費に組み込まれていて特別感がない」からだという。それに加え、賞与を支給することに対して「ありがとうという必要もない」と社員に伝えているそうだ。
「賞与を出せるのは、社員のみなさんが努力して利益を出してくれたからです。その結果、受け取る権利のあるお金ですから、出なくても文句はいえないとも話しています(笑)」

一見何気ないことに思えるが、自分たちの努力や成果が会社の利益になっていることや、利益が出れば会社が成長し、自分たちに還元されることを社員が実感できるのは、仕事に対して前向きに取り組むことへとつながる、重要な気づきだといえる。

実は、同社は社内結婚が多く、結婚後も夫婦ともに働き続ける社員がほとんどだという。男女問わず育休取得率が高く、子どもを連れて社長室を訪れる社員もいるそうだ。それは、働きやすい会社だと社員が考えていることの証といえるだろう。
このような雰囲気が社内に醸成できているのも、川上社長の社員への思いが伝わっているからに違いない。

若手にも経営的視点を! 人材への惜しみない投資

SUN Dayの一環として、細かくグループ分けした「SUN塾」では、
専門分野のさらなる強化に取り組む。

「仕事に誇りを感じる瞬間は、やはりお客様の役に立てたとき、満足してもらえたときでしょう。お客様の製品開発プロジェクトに参画して、それを成しえたとき、会社の垣根を越えて同じ釜の飯を食べた戦友のように、メンバー全員と喜びを分かち合えます。そのときの達成感や満足感はたまらないものです。だから、1人でも多くの社員に、同じような体験をしてもらいたい」
ただ、そのためには社員自身がスキルアップしていくことが欠かせない。そこで、サン工業では成長機会を創出すべく積極的に投資している。

その1つが「SUN Day」だ。社員の学び場をつくろうと、1985年頃に研究会としてスタートし、現在は月に1回、土曜日に実施されている。内容は多岐にわたり、各部門の実績報告会や活動の進捗状況、外部から講師を招いた勉強会、めっきに関する技術研修など、情報共有からスキルアップ、ビジネスパーソンとしてレベルアップするためのヒントなど、幅広い知識や知恵を吸収する機会になっている。

「SUN Dayでは冒頭の50分を使って、私がこれまでの経験によって身につけたことや会社の経営状況、会社を取り巻く状況とそれが会社におよぼす影響などを話しています」
たとえ赤字であったとしても、財務情報などを包み隠さず社員に聞かせる。その意図は「事業戦略や課題解決、改善のアイデアを社員に募っても、会社の現状を正確に把握していないと的を射たものは出てこないから」だと川上社長は語る。

「若手社員も含めて情報を開示するのは、経営的視点で会社の今後を考える機会を早い段階から提供するためでもあります。それに年次に関わらず、同じ情報を共有して仕事に取り組めば、社内に一体感を生み出すことにもつながるはずです」

川上社長が「SUN Day」で話した内容の、エッセンスをまとめた小冊子「Sunshine~サン工業が大切にしたいこと」も作成した。研修などで活用することで、社員の共感を醸成し、社内への浸透を図っているという。

また、めっきのプロフェッショナル集団として技術の向上にも抜かりはない。例えば、若手社員の技術力底上げのために「めっき道場」を2018年に開校。めっき処理の流れを、実技を通して学べる場所を設けている。「SUN Day」内でもめっき技術の勉強会を行うことによって、男女問わず、社員の9割以上がめっき技能士資格を取得しているというから驚きだ。

 

(写真左)2025年にリニューアルした「めっき道場」。
(右)社員と会社、共通の価値観を醸成する冊子「Sunshine」。

ファンづくりに注力し、永続できる会社を目指す

サン工業のスローガン“Yes,I can!”には、実は続きがある。「変化は不変」という一文だ。
「刻々と変化を繰り返す世の中にあって、時代を先取りするためには、私たちが変わっていかなければなりません。そのために、誇りを持って仕事へ前向きに取り組み、チャレンジを重ねていくことが大切です。また、変化し続ける社会で会社が存続していくためには、“ファン”づくりも重要になると考えています」

取引先をファン化できれば、継続的な顧客となる可能性が高まる。学生がファンになってくれれば、将来社員として仲間になるかもしれない。
「ファンになっていただくには、会社へきてもらうのが一番です。そのため、お客様や学生さんと会社との接点づくりに力を入れています」

前述のめっき道場は、社員教育だけでなく、社外の人たちがめっきに触れる機会としても活用されている。
「お客様の開発担当者もめっきについてはあまり知らないケースが少なくありません。そこで、どのようにめっき処理が行われているのかを知っていただいています。めっき技術の奥深さ、その一端に触れていただくことで、サン工業の理解が深まるだけでなく、一緒に開発プロジェクトに取り組む際、話がスムーズに運ぶといった効果もあります」
めっき道場では、地元の中学生や高校生、大学生も受け入れて見学会を実施。めっきに興味を持つ学生も出てきているそうだ。

業界の慣習などにとらわれることなく、さまざまな変革を実行しサン工業を成長させてきた川上社長。会社をアップデートし、業界の常識をも変えたその手腕が、今回の受賞にもつながったのだろう。しかし同氏は、「別に戦略的に計算して取り組んできたわけではない」と語る。
「私の仕事は、社員のみんなを成長させることです。社員がスキルアップして、お客様の満足を1.5倍にできれば、結果は後から自ずとついてくるものですから」

 

東京中小企業投資育成へのメッセージ

投資育成さんには、感謝しかありません。安定株主であり、かつ「モノをいわない株主」でいてくれて(笑)。けれども、私たちが必要とした場面では、適切で丁寧なアドバイスをいただいています。多くの企業とネットワークを構築しており、経営者として勉強になるセミナーもたくさん開催してくれるなど、本当に心強い存在です。

 

投資育成担当者が紹介!この会社の魅力

川上社長を筆頭として、サン工業さまの役職員の皆さまと接するたびに、明るく、前向きに、楽しみながらお仕事に取り組んでいる様子を拝見し、私もサン工業さまのファンになりました。お客様のめっきに関する困りごとを解決するために、日々、社員の能力をアップし続けているサン工業さまは、これからも成長発展を続けていくと確信しています。微力ながらお手伝いさせていただきます。この度はご受賞おめでとうございます!

業務第四部 部長代理
松本礼二

 

機関誌そだとう222号記事から転載

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