多様な研究領域を持つ産総研。それをいかに、企業に活用してもらうか……
研究成果の社会実装を通じて、わが国の産業競争力強化を目指す
望月
産業技術総合研究所(以下、産総研)は、2001年に工業技術院傘下にある15の研究所などを統合再編して誕生した総合研究所で、もっとも古い研究所から数えると140年以上の歴史を持っているんですね。日本最大級の研究機関といわれるゆえんはどんなところにあるのでしょうか。
石村
はい。全国11カ所に研究拠点を置き、常勤の研究職職員が約2200名、ポスドクなどの契約職員が約3100名、さらに大学や企業所属の外来研究員が約4200名いて、事務職や総合職職員なども合わせれば、およそ1万名が働いています。
予算規模も1100億円ほどあり、公的な研究機関としては国内最大級です。
望月
研究対象も幅広いですよね。
石村
エネルギー・環境領域、生命工学領域、AIなどを研究している情報・人間工学領域、材料・化学領域、半導体や量子コンピュータなどを扱っているエレクトロニクス・製造領域。少し毛色の変わったところでは、地質調査総合センターもあり、活断層や火山の調査など、防災関係の調査研究も行っています。日本の度量衡の基準となる計量標準の開発・供給とその高度化を研究する、計量標準総合センターがあることも特徴です。
望月
私が通商産業省(現経済産業省)に入省した頃は、電子技術総合研究所や機械技術研究所など、それぞれが独立して調査研究活動に取り組んでいました。
しかし、今でいうオープンイノベーションなど、領域を超えた研究活動が今後必要になるという判断から、それらが1つに統合されて現在の体制になったのですね。
石村
別々だった研究所を1つに統合したことには大きな意味があったと考えています。ただ、産総研誕生から20年以上経った今、設立当時に構想していたほど領域横断的な研究ができているかというと、まだ不十分ではないかと感じています。
望月
それは、なぜでしょう。
石村
その話をするために、まずは産総研のミッションについて説明させてください。
産総研が掲げるミッションは大きく2つあって、1つは日本の社会課題をイノベーションで解決すること。もう1つは、産業競争力を強化することです。私は、社会課題解決こそ産業競争力強化につながると考えているので、それを実現することが最大の使命だと解釈しています。
望月
おっしゃる通りですね。では、そのために産総研はどうするべきだと、お考えなのでしょうか。
石村
研究成果を社会実装することが必要でしょう。研究するだけでは、社会課題解決と産業競争力強化にはつながりません。研究成果を出して特許を取得しても、それをどう活かすかは民間企業任せという受け身のスタンスでは、製品化やサービス化までに時間がかかってしまいます。実際に、途中で頓挫してしまうケースも少なくありません。
そもそも、今の産総研の体制で効率的に研究成果を上げることができているのか、という疑問もあったわけです。
現在、私たちが直面している社会課題は、7つある領域のうち、どれか1つを探究するだけで解決できるものなど、多くはありません。ところが、各領域がしっかりコラボレーションできているかというと、十分とはいえない状況でした。
望月
設立当初に構想した、総合研究所としての姿には至っていないと感じられて、組織改革を実行されてきたということですが、具体的な取り組みについて、詳しくお教えください。
石村
大きく分けて、2つの取り組みを行いました。1つ目は、研究領域の縦割りを崩してコラボレーションできる仕組みづくりを行う必要があると感じ、意思決定プロセスにメスを入れたことです。
以前は、理事長の直下に各領域のトップがついていましたが、それでは別々の研究所が集まっただけに過ぎません。そこで副理事長を、理事長の下で研究開発を統括するCTOとしました。さらに、CTOをサポートする組織として「研究戦略企画部」を設置し、全領域における研究テーマのコントロールや人材育成、コラボレーションテーマの策定を担う形に変えたのです。
望月
本当の意味で総合研究所になるための方策として、各研究領域に横串を通す組織を新たに置く決断をしたわけですね。
石村
そうなんです。また、解決すべき社会課題として、「エネルギー・環境制約への対応」「少子高齢化対策」「強靭な国土・防災への貢献」「新型コロナウイルス感染症対策」の4テーマを設定し、その解決に取り組む領域横断の「融合研究センター・ラボ」も設置しました。
外部機関を設立し、市場のニーズに対応
望月
もう1つの大きな取り組みは、どのようなものなのでしょうか。
石村
研究成果を効率的に民間企業へつなげて、社会実装できる仕組みづくりです。2022年に、研究成果を世の中へ出すことを専門に行う部隊として、「社会実装本部」を理事長直下につくりました。産総研には、企業でいうところの研究所と本社機能だけがあって、事業部隊がないことが課題だと感じていたためです。
望月
まさに、民間出身の石村理事長ならではという視点ですね。大きな組織体制の変更となりましたが、効果についてはどう感じられていますでしょうか。
石村
正直なところ、まだまだ課題はあり、特に今の産総研にはいない営業やマーケティングに長けた専門人材を集め、スピード重視で活動を進める必要があります。
そこで、2023年4月に外部機関である株式会社AIST Solutionsを設立しました。
望月
AIST Solutionsは、産総研の研究開発成果を世の中へ実装するという、いわゆるプッシュ型の役割になるのでしょうか。
石村
その通りです。それに加えて、世の中にどのようなニーズがあるのかを探索し、そこからバックキャストして既存の研究成果から最適なものをマッチングする。もし、最適な研究成果がなければ、ニーズにマッチングする研究を提案するところまで想定しています。
望月
中堅・中小企業にも、ニッチトップの会社はたくさんあります。ある特定の部品では世界シェアトップという企業も数多くあるのですが、小さな部品であるため売り上げ的にはたいしたことがない。
でも、産総研の研究成果を活用して他分野へ進出すれば、大きく飛躍できる可能性もあるわけですね。
石村
そのような企業とのコラボレーションもぜひ推進していきたいですね。
先のAIST Solutionsでは3つの事業を手掛ける予定です。まずは社会課題を起点として民間企業とコラボレーションし、新たなマーケットを創出するプロデュース事業を大きな柱の1つとします。他の2つは、すでに顕在化している企業ニーズに対応するコーディネート事業と、自らがスタートアップを起こす事業ですね。
気軽にアクセスして、可能性を探る仕組み
望月
素晴らしい取り組みだと思います。しかしながら、そういった社会のニーズはどのように見出していくのでしょうか?
石村
その点は確かに課題です。そこで産総研のメンバーにはいない外部人材を招き入れることにしました。産業として成長が見込める分野ごとに、マーケティングに長けた目利きを配置していきます。
望月
目利きを採用して、AIST Solutionsからコラボレーション先を探索するだけでなく、特に“産総研はハードルが高い”と感じている中堅・中小企業の方からアクセスできる、タッチポイントとしての役割も重要になりますね。大企業であれば、研究開発部門と専任の研究開発人材がそれなりにそろっていて、産総研などの公的研究機関とコラボレーションすることも視野に入れているケースが多いと思います。
一方、中小企業で研究開発を担う人材は人数も限られていて、日々の業務に追われていることが多い。公的研究機関とお付き合いした経験がない企業も少なくないでしょう。自社の研究内容と産総研の研究に、どのようなコラボレーションの可能性があるのかもわからない。そのため、産総研の研究内容や成果に関する情報を日常的に入手できる仕組みや、両者をマッチングしてくれる仕組みといったものが必要になってくるはずです。
石村
その発想は抜けていたかもしれません。ただ、“産総研はハードルが高い”という声は中堅・中小企業の方からいただいていて、それを下げるために、企業側のぼんやりとした困り事でも相談できる仕組みはつくろうとしています。
望月
それはどのような仕組みですか。
石村
すべての相談に産総研だけで対応するのは、現実的ではありません。そこで、各都道府県にある公設試験研究機関(以下、公設試)と組み、そこが窓口となって企業の相談に応じます。
公設試で対応できれば、それでよし。難しい場合に産総研へつないでくれるようにしていければと考え、制度化しました。
望月
研究成果の見本市のようなイベントは、開催しているのですか。
石村
コロナ禍前は、テクノブリッジフェアと名付けた技術展示会を開催していました。体育館のような広いスペースで産総研の研究テーマや開発技術を展示し、希望次第では研究室も見ることができる、というイベントです。昨年はWEB開催も行いました。
望月
それはいいですね。それと、SNSの相談窓口があると、もっと気軽にアクセスする企業が増えるのではないでしょうか。産総研の研究内容をAIに学習させれば、対応レベルも向上するでしょう。
石村
それは実に興味深いです! ぜひ検討してみたいですね。
望月
投資育成には、高い技術力を持っていて、公的研究機関とのコラボレーションにも興味を持っている中堅・中小企業とのネットワークがあります。
AIST Solutionsのマーケティング部隊と一緒にできることを考えるのも、おもしろいかもしれません。
石村
それもいいですね。今日は有意義な話がたくさんできました。早く帰って検討しないといけません。ありがとうございました。
望月
ありがとうございました。
(文中敬称略)
機関誌そだとう214号記事から転載