企業価値を高めるESG経営の成功事例に学ぶ

人材は宝。性別も病気も関係なくすべての人を包摂する職場へ

株式会社松下産業
株式会社松下産業

東京・千駄ヶ谷にあるマンションの工事現場。ヘルメットをかぶった小柄な女性が職人と談笑している。違和感なく場に溶け込んでいるのは、業界4年目の女性現場監督、須藤ひかるさんだ。

須藤さんが所属する松下産業は、創業60年の建設会社。ハイエンドの高級マンションからビル、一般住宅、土木など、確かな技術で顧客の幅広いニーズに応えている。

現在、同社では7人の女性が現場で施工管理をしている。大手ゼネコンにも現場の女性社員はいるが、施工図作成を担当する場合が多く、須藤さんのように協力会社の職人を束ね、役所や近隣とのやりとりをする仕事に従事しているわけではない。現場監督として、これだけ多くの女性が活躍する会社は珍しい。

株式会社松下産業

そもそも同社は昔から管理部門で多くの女性を雇用してきた。松下和正社長は自社の歴史をこう振り返る。

「女性社員はやるべきことをきちんとやるタイプの人が多かった。過去には男性の経理社員が銀行の言いなりで困ったことがありましたが、女性でそういうことは一度も起きていません。だから以前から積極的に女性を採用してきましたが、施工管理だけは別。現場監督は男性でないと務まらないと思い込んでいて、とくに募集はしていませんでした」

女性にきつい現場は務まらない。そんな常識が打ち砕かれたのは、約10年前。東京中小企業投資育成が主催した海上自衛隊の見学会に参加したときだった。

「P3Cという哨戒機に試乗させてもらいました。伊豆大島上空に差し掛かったときに機長の挨拶があったのですが、キャプテンはなんと女性。聞くと、自衛艦ももうすぐ女性艦長が誕生するとか(2013年に練習艦に女性艦長が就任)。国防の現場で女性が活躍できるなら、建設現場でもできるはず。そう考えて施工管理の採用で性別による制限はなくしました」

須藤さんが現場監督を務めている、建築家の隈 研吾氏が設計した超ハイグレードのマンション の完成予想図

須藤さんが現場監督を務めている、建築家の隈研吾氏が設計した超ハイグレードのマンションの完成予想図。
一級建築士の資格取得も目指している須藤さんにとって、これ以上はないほど勉強になる現場だ。
「こういう機会を与えてもらって本当に感謝している」と語る。

異性が加わることで職場の空気がなごやかに

職人と真剣に工程の確認をしながらも、ふと笑みがこぼれる瞬間がある。

職人と真剣に工程の確認をしながらも、
ふと笑みがこぼれる瞬間がある。

解禁初年度の2013年、現場監督1名、設備1名、計2名の女性を採用した。とくに女性枠を設けていたわけではなく、客観的に能力を審査したら2名の採用になった。

迎え入れるにあたって心配だったのは現場の反応だ。配属に神経を使い、部下のケアに定評のある上司のもとに2人をつけた。その上司とも、受け入れについて十分に話し合いをした。職人から反発を招かないか気になったが、「困惑していたのは最初の1~2カ月だけ。仕事に支障はなく、すぐに職場に溶け込んだ」という。

では、当の女性社員はどう感じているのか。現場の女性社員としては2期目にあたる須藤さんは、次のように明かしてくれた。

「最初はみなさん気を遣ってくださり、とても優しかったです。じつは最近は逆で、扱いが雑になりました(笑)。でも、それは仲間として認めてくれている証拠。少なくとも女性であることがハンデになり、協力してもらえなかったことは一度もありません」

女性を積極的に採用したことで、職場にもいい変化が起きていると松下社長は語る。

「同じ性別だけに偏ると、どうしても同質的になり、排除の論理が幅を利かせるようになります。女性が多い看護師さんや保育士さんの世界も、男性が入ることでなごやかになるといいますよね。うちは逆パターンで、女性が入ることでいいバランスになりました」

女性が現場で働くことにプラスの効果はあっても、マイナスに働くことはない。その確信を得て、女性の採用はさらに進んでいる。来春は現場系内定者7名のうち5名が女性。ついに女性が男性を上回った。近い将来、同社の現場では性別が話題になることすらなくなりそうだ。

松下和正代表取締役社長。「多様な価値観との共存を 図りつつ 平和で豊かな環境のもとに 希望と喜びと 誇りに満ちた生活のできる 社会づくりに貢献する」 を企業理念とする。

左)松下和正代表取締役社長。
「多様な価値観との共存を図りつつ 平和で豊かな環境のもとに 希望と喜びと誇りに満ちた生活のできる 社会づくりに貢献する」を企業理念とする。
平成28年度「東京都中小企業技能人材育成大賞知事賞」優秀賞、平成26年度「東京都がん患者の治療と仕事の両立への優良な取組を行う企業表彰」優良賞受賞。
「文京区ワーク・ライフ・バランス推進企業」に2年連続で認定。
平成30年度厚生労働白書に取り組みが紹介された。
右)小さな体は重い物を持てないけれど、狭く入り組んだ現場の中をすいすい歩けるメリットがあり、体の大きな男性と役割分担ができる。
性差による体格の違いはハンデではないのだ。

がんにかかった社員の治療と仕事の両立を支援

ヒューマンリソースセンター

ちなみに松下産業が過去に新卒採用した現場系の女性社員は7人。そのうち退職したのは、帰郷することになった1人だけ。じつは同社は、男性も含めて社員の離職率が低く、従業員向けのモラルサーベイを実施しても、良好な点数が出る。

要因の一つは、13年に設立したヒューマンリソースセンターだ。それまで総務の中にあった人事機能を切り離して独立組織化。キャリアや教育、健康、年金、子育て、介護など、社員の人生に関わる悩みについて、制限をかけることなく相談に乗っている。「社員の約8割が地方出身者。ときには実家の家族の悩みまで対応する」というから、従業員満足度が高いことにもうなずける。

社員を大事にする姿勢は、がんを患った社員への対応にも表れている。社員ががん治療で入退院を繰り返しても、本人が望めば働き続けられるようにしている。出社が難しい場合には、自宅に居ながらリモートで働ける環境も整えた。がん患者の治療と仕事の両立を支える取り組みは、14年に東京都から表彰を受けている。

「脳腫瘍を患って5回の手術を行った社員は、仕事をするだけでなく、現場を巡回し、朝礼などに出て健康管理や保険の大切さをみんなに語っていました。彼のように、最後まで社会にいい影響を与えたいと考えるがん患者は多い。それをできるだけ叶えてあげるのが会社の役目ではないでしょうか」

建設は、どちらかというとコンサバティブな業界だ。その中にあって、松下産業は性別や病気に関係なくすべての人を包摂する職場を目指している。さらにヒューマンリソースセンターの設置など、人材投資も積極的に行っている。これまでの常識にとらわれずに改革を進める松下産業は、まさに業界におけるESG経営のパイオニアといえるだろう。

株式会社松下産業
主な事業内容:
ビル・工場・マンション等の建築、一般土木など
本社所在地:
東京都文京区
社長:
松下和正
創業:
1959年
従業員数:
234名

機関紙そだとう201号記事から転載

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