中小企業白書から読み解く経営のヒント

2018年度版
中小企業白書の振り返り

前回まで3回にわたり、2018年版中小企業白書のメインテーマである“人手不足解消や生産性向上”について、「設備投資」「女性・シニア活用」「事業再編」の観点から解説してきました。同書では68件の事例を掲載していますが、うち19件が投資育成3社の投資先企業です。今回は、上記テーマに関連して取り上げられた投資先企業の事例についてご紹介します。

女性・シニアの活用による人手不足解消

図1 労働力人口と生産年齢人口の推移

資料:総務省「労働力調査(基本集計・長期時系列データ)」、総務省「国勢調査」、
国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口」(平成29年推計)
(注) 1.2016年以降は、将来推計人口は、出生中位(死亡中位)推計による。
2.2015年までは総務省「国勢調査」(年齢不詳をあん分した人口)による。
3.労働力人口(男性)および労働力人口(女性)は15歳以上の者、生産年齢人口は15~64歳の者を集計している。

第2部第1章「深刻化する人手不足の現状」では、中小企業における人手不足が深刻化している中、女性やシニア等の多様な人材の活用を進めることが人手不足解消のポイントとなることを示し(図1)、企業としては、「勤務時間の柔軟化」などの働きやすい職場づくりも重要であることをご説明しました。これに関連する事例として、業務プロセスの見直しも踏まえて女性活用を進める「シンセメック株式会社」(北海道石狩市)をご紹介します。

写真1 シンセメックの女性技能士

写真1 シンセメックの女性技能士

オーダーメードの自動省力化装置等を製作するシンセメックは、製造業によくいわれる「労働環境が良くない」というイメージもあり、恒常的な人手不足が続いていました。しかし、2014年の「ものづくりなでしこ応援プロジェクト」への参画をきっかけに生産工程を見直し、定型業務の自動化や簡素化を図ることで、未経験者でも機械加工などの作業を可能にする取組を行いました。これに併せて採用活動も見直し、工場勤務の女性社員2名の採用に成功しています(写真1)。さらに、現場部門の女性社員比率30%以上や、短時間正社員制度の導入、育児休暇制度の確立などの取組を進めています。

設備投資による生産性向上

図2 投資目的別の設備投資のスタンス

資料:内閣府・財務省「法人企業景気予測調査」
(注) 1.各年度における設備投資のスタンスとして、重要度の高い3項目について集計している。
2.複数回答のため、合計は必ずしも100%にならない。
3.ここでいう中小企業とは資本金1千万円以上1億円未満の企業とする。

第2部第5章「設備投資による労働生産性の向上」では、中小企業の設備投資は老朽化する設備の維持・更新投資を中心としており、省力化投資等の生産性向上につながる設備投資には消極的であるという課題が浮き彫りとなりました(図2)。その一方、経常利益は過去最高水準にあり、投資環境としては良好な状況にあるため、今を逃さず前向きな設備投資で生産性を向上させていくことの重要性についてご説明しました。これに関連した事例としては、「株式会社いちやまマート」(山梨県中央市)が挙げられます。

写真2 いちやまマートのタブレット動画マニュアル

写真2 いちやまマートのタブレット動画マニュアル

山梨県・長野県でスーパーマーケットを運営するいちやまマートでは、パートタイマーの離職に悩む中、2つの取組を推進しています。1つ目は、セミセルフレジの導入です。この導入により、レジ業務に従事するパートタイマーの人数が15%削減され、精算時の釣銭間違いもなくなり、確認時間も皆無になりました。2つ目は、タブレットで動画を見て業務を学べる従業員教育ツールの導入です(写真2)。これまで新人の教育は先輩たちが行っていましたが、このツールによって指導の時間が減少した分、惣菜加工等の業務に従事できるようになりました。店内加工による新鮮な生鮮品と出来立ての惣菜に強みを持つ同社では、今後も省力化を進め、自社の強みにより注力するとしています。

M&Aによる生産性向上

図3 M&Aの実施時期別に見た、M&Aの実施目的

資料:三菱UFJリサーチ&コンサルティング㈱「成長に向けた企業間連携等に関する調査」(2017年11月)
(注) 1.複数回実施しているものについては、直近のM&Aについて回答している。
2.複数回答のため、合計は必ずしも100%にならない。

第2部第6章「M&Aを中心とする事業再編・統合を通じた労働生産性の向上」では、中小企業におけるM&Aは着実に増加しており、その目的を「売上・市場シェア拡大」とする企業が多い中、「新事業展開」や「後継者不在企業の救済」とする企業が増えていることがわかりました(図3)。これは、生産性の向上を図るためにM&Aを活用する企業が増えていることを示しており、すなわち中小企業では成長戦略の1つとしてM&Aの検討が進みつつあるといえます。ここでは、「株式会社河西精機製作所」(長野県諏訪市)をご紹介します(写真3)。

写真3 河西精機製作所の河西社長

写真3 河西精機製作所の河西社長

自動車や電子機器部品等の切削加工を行う河西精機製作所は、リーマン・ショックにより大幅な受注減少を経験したことから、電子機器以外の取引先拡大を目指していました。そのような中で2013年に、近隣企業が後継者難から自己破産を検討しているとの情報を入手しました。その企業の事業の1つが、売上高は大きくないものの、自動車部品向けの設計や組立に独自の技術を有しており、世界的自動車部品メーカーと直接取引していました。河西精機製作所は、会計士やコンサルタントの支援を受けながら同事業を引き継ぎ、その取引関係も引き継ぐことに成功、さらに条件面の見直しを実施し、事業の収益性も改善しました。同社は当該M&Aにより事業領域の拡大を成功させており、今後も小さいながら優れた技術や人材のいる事業の引き継ぎを行っていきたいとしています。

事例企業の取組をご参考に

2018年版白書では、中小企業白書と小規模企業白書を合わせて100以上の事例を取り上げました。各事例企業は、業種や業態、企業規模は違えども、それぞれに特徴ある工夫を凝らした取組を実施しています。いつの時代も経営環境の変化を見極め、対策を打ち続けることが経営者には求められますが、本書事例が皆様の経営の小さな気付きや参考となれば幸いです。

中小企業庁 事業環境部
企画課調査室 調査係長

江場教智
えばたかのり

(2018年4月より当社から出向中)

機関誌そだとう199号記事から転載

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