採用戦略で勝ち抜く「人材獲得」最前線

働きやすい“環境”を知ってもらう工夫

~どのように人を惹きつけ、どこに魅力を感じてもらうか……~

CASE①株式会社辻商店

 

「ここ3年で10人の新卒者を採用できており、1人も辞めていません。社員30名規模の会社としては、うまくいっていると思います」
そう胸を張るのは、製造業向けの専門商社である辻商店の辻友康社長だ。

 

 

辻 友康社長

株式会社辻商店
主な事業内容:
高圧ガス、溶接機・溶接ロボット、溶接材料、機械工具等の販売
本社所在地:
群馬県伊勢崎市
創業:
1948年
従業員数:
33人

 

創業は1948年。積み重ねてきた歴史と信頼、そして地元密着を強みとする同社は、“ものづくりを応援する”をコンセプトに、ドライバーなどの工具から金属を溶かすレーザー加工機といった大型機械まで、製造業で使われるものはすべて扱う。なかでも産業用高圧ガスや溶接機の取引が多く、商社としては非常に珍しい「溶接ショールーム」を設けているのが特徴だ。

辻社長はトップ就任の翌2019年に、BCPセンターを設立した。その狙いは、「顧客に必要とされる多品種の資材や機械を的確で安全に届ける」というミッションを確実にすること。溶接ショールームはその一環として同センター内に開設されたものだが、結果的に採用にも大きな効果を発揮しているという。

そもそも辻商店では50代の社員が多く、30~40代の中堅層が少なかった。辻社長はそれを課題と捉え、「10年後の辻商店を支える礎をつくるために、若手を積極的に採用することが必要」と力を込める。年齢層が高くなったのは、長く新卒採用を行っておらず、退職者が出た際に補充として中途採用をするだけだったという背景があった。

 

(写真左)BCPセンターには、物流が止まっても2~3カ月は供給できる膨大な在庫を常備。
韓国や中国、アメリカ、EUなど各国の溶接ワイヤーを揃えている
(右)溶接ショールームでは、国内の二大溶接機メーカーであるパナソニックとダイヘンの最新機種を完備し、実演や講習を可能としている

ターゲットを高卒者に絞り一人ひとり手厚く対応

「昨今、人手不足の影響もあり、中途採用で若手を獲得することが難しくなっています。そこで新卒採用に取り組むことを決めましたが、そう簡単ではなかった。試行錯誤をした結果、今は高卒採用に絞っています。ここ3年で入社した若手は10人中7人が高卒者、さらに2025年4月入社の3人は、全員が高卒者です」

高卒採用に絞った要因は、大卒者を対象とした採用活動は自社に合わず費用対効果が低いと判断したことと、高卒採用は学校経由の応募で、内定辞退がほぼないことだ。辻社長は若さゆえの馴染みやすさや、仕事に対する意欲の高さも評価する。
「大学まで進学しやすくなっている時代に、高校を卒業してすぐ就職したいという人材は、働いて稼ぐことへの意識が高く、やる気もある。若いので、会社風土も浸透しやすい」

とはいえ高卒採用では、応募者と直接連絡をとれないなどの制約がある中で、どのように会社を知ってもらい、惹きつけているのか。同氏は「まず条件で目に留めてもらい、会社見学に足を運んでもらったら、とにかく丁寧に説明する」と語る。
「実際に会社見学へ来るまでは、会社の雰囲気や一緒に働く社員の人柄はわかりません。会社選びの基準は、給与や福利厚生などの条件面になってしまう。そのため、募集要項は目を引く内容にしています」

例えば給与に関して、多くの企業では最終学歴によって初任給が異なる。しかし辻商店では、大卒者も高卒者も一律で、業界内では高い水準にしている。その理由は、休暇が年間127日と業界トップクラスで、残業がほぼゼロだから。みなし残業や残業代を見越した給与設定をする企業が多い中で、同社は残業が少ないため基本給を高くしているのだ。さらにフレックス制度や半日休、1時間ごとの時間給も整備し、どれも地域や業界では先進的な取り組みだ。

そして、こうした好条件の背景を、会社見学の際に社長自らプレゼン資料を使って丁寧に説明する。単に条件が良いだけでなく、応募者に納得感を与える工夫が、人を惹きつける魅力になっているのだろう。
「辻商店という社名だけでは、何をしている会社かがわかりにくい。少しでも働き方をイメージしてもらうために、労働条件は非常に大切です」

入社後も、募集要項の条件通りに働けることで満足度も高いという。実際に2023年に採用した社員の友人が、翌年に新入社員として入社した。「友人にも勧めてもらえる会社になったのは、うれしかったですね」と辻社長は微笑む。高卒採用で、こうした成功事例が積み重なってきているため、高専や第二新卒まで求人を広げる必要性は感じていないとも語る。

1つの領域に特化することで知見やノウハウをより洗練し、その中でさらに魅力を高めていく。まさに、採用領域における集中戦略ともいえる手法だ。

 

(写真左)合同企業説明会では、自社をいかに知ってもらうかという工夫をこらす
(右)既存社員に向けても、会社の考え方やフィロソフィを浸透させるために、多くの時間を割いて話し合いの場を設ける

溶接ショールームの設立が女性採用を強く後押し

同社では近年、女性採用も進んでいる。その背景にあるのがBCPセンターだ。辻社長は同センターを「女性も活躍する場」と位置づけ、社内で「女性も管理職にどんどんトライしてほしい」と伝えたという。実際にBCPセンターのトップは現在、女性が務めている。

なかでも女性活躍の舞台となっているのが、溶接ショールームである。これは顧客の利便性を高め、他社と差別化する取り組みとして辻社長が考案したもので、複数メーカーの機械を見比べたり、新商品をいち早く手にとって触ったりすることができる。そして、それを実現するために機械を動かしながら案内する「インストラクター」という職種を新設。事務職からインストラクター、その先に営業職へと進む、女性社員の新たなキャリアモデルを練った。
「私たちの業界は男社会だと思われがちですが、女性にも営業職として活躍してほしかったのです。そこで営業と同等の知識を有し、来訪者をアテンドするインストラクターが、その第一歩になればと考えました」

事務職の女性社員に声をかけたところ、2人が応諾。辻社長がインストラクターとして目指すべき姿を一緒に考え、自ら機械の取り扱いを教えながら「アーク溶接等の業務に係る特別教育」も受けてもらった。
「まずは溶接ショールームで、顧客に説明できるようになってほしいと考えていました。今ではインストラクターが営業と一緒に取引先へ足を運び、その場で溶接機の説明をすることもあり、非常に好評です。会社見学や新人教育も担当しています」

その2人の活躍ぶりに、他の女性社員も刺激を受けて勉強熱心になってきているそうだ。そして、その効果は採用にも波及した。

辻商店の求人は、事務職、配送職、営業職の3種で、いずれも男女問わず募集しているが、これまで営業職への応募は男性のみだった。それが2025年度入社の女性1人は、営業職を希望しているという。
「今までそんなパターンはなかったので、驚きました。会社見学で案内をしてくれたインストラクターの女性社員が、キラキラして見えたから入社を決めたそうです」

さらに、中途採用でも営業職を希望する女性が入社し、社内では事務職からインストラクターを飛び越えて営業を希望する女性社員も登場している。2025年からは新入社員を含め、3人の女性営業職が活躍することとなる。

 

(写真左)インストラクターは営業担当者への社内教育なども担当し、新商品への理解を促す
(右)お客様に向けて協働ロボットの指導をする際も、女性社員が活躍している

今、会社にいる社員の幸福追求を第一に

若手や女性の採用が順調に進む中、辻社長は今後の課題を「リーダーシップを発揮できる人材の採用」だと指摘する。
「ただ、社員を増やしていけばいいのではなく、拡大する規模に応じた経営計画にも注力したいと考えています。そのためには、組織を牽引できる人材も必要でしょう。毎年、少しずつ“良い人材”の採用を増やしながら、徐々に組織としての新陳代謝を高めていきたいと思っています」

これまで以上に、いろいろな人に会社を見てもらうため、会社見学だけでなくインターンシップも実施。合同説明会でも注目されるよう、どんな会社かを理解してもらうための工夫も必要だと強調する。

ただ、新たな採用の条件ばかり良くしても、在籍中の社員にも目を向けなければ、当然、社内の雰囲気は悪くなる。その点、辻商店では新入社員の給与を高くする2年前に、社内のベースアップを完了した。その根底には、同社が経営理念として掲げる「全従業員の物心両面の幸福を追求する」がある。
「今、辻商店で働いてくれている人たちをどうやって幸せにするか。そこを真剣に考えて実行すれば、その人たちが当社に誇りを持って、社風がより良くなります。そうすれば会社見学にきてくれる方々も、幸せな会社の雰囲気を感じられるでしょう」

社員がいきいきと働ける職場づくりこそ、採用のカギを握るのだ。

 

 

 

機関誌そだとう222号記事から転載

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