躍進企業の一手。圧倒的「ブランディング」

イメージを劇的に変えた「使命」の浸透

~多様性を高めることで柔軟な組織に。その先に“付加価値”がある……~

CASE③株式会社マイスター

 

山形県で切削工具再研削や特殊切削工具設計製作などを手がけるマイスターは、社員の約3割を女性が占める。県内初の女性技能士を輩出するほか、高齢者や障がい者を戦略的に採用するなど、ダイバーシティ経営を推進。人材の多様性が増すことで、柔軟な発想が生まれやすくなり、生産性や顧客ニーズへの対応力、提案力が向上した。その結果、受注数が増えて職場も活性化し、大手企業から共同研究の打診や開発案件の依頼が持ち込まれるようになった。

「2021~2025年の5カ年における第7期中期経営計画では、ダイバーシティ2.0と名付け、性別や性自認、年齢、障がいの有無にとらわれず、誰しも働きやすい職場環境を目指しています。多様な人材が自分の持ち味、能力を発揮できる仕組みを構築するのです」
こう話すのは、同社の2代目経営者である髙井糧社長だ。

 

髙井 糧社長

株式会社マイスター
主な事業内容:
工業用切削工具製作・再研削、医療用回転具・補助具の設計製作、特殊切削工具の設計製作、治具・金型部品の設計製作、特殊機械部品の加工
本社所在地:
山形県寒河江市
創業:
1976年
従業員数:
78人

 

マイスターにはすでに、知的障がいのある2人の社員が在籍し、1人は総務部で伝票整理などをしながら、部品加工補助もこなす。もう1人は現場で部品加工などに従事し、新入社員の指導にもあたっているという。

さまざまな人材が入社すれば、長年、阿吽の呼吸で通じていた社員同士のコミュニケーションにも変化が生じる。誰にでも伝わるよう、仕事に対して明確な判断基準や作業標準を設けなければならない。最初はスムーズにいかないかもしれないが、そのプロセス自体が自動化やDXを進めるための基礎となるのだ。
「社員の成長とともに、会社としてすごく伸びたと実感します。同時に、誰でも存分に働けるということを、社員が理解してくれたことがうれしい。障がいのある社員も、その家族も、最初は不安を感じていたかもしれませんが、今は重要なメンバーの一員として働いています」

組織に新風を吹き込み、独自の体制を構築する

1976年に髙井社長の父、髙井作会長がボイスコイル巻線・コイル枠の加工業を個人で始め、1980年には前身となるタカイ工機を設立し、切削工具研削に乗り出した。その後、1988年にドイツのマイスター制度にちなんで、マイスターに社名を変更。順調に成長を続け、現在は大手自動車や半導体、航空機、医療機器など約400社に及ぶ取引先から、受託開発なども受けている。

女性技術者が作業をしている様子。試行錯誤を繰り返しながら、
男女分け隔てなく働ける環境を整備してきた。

同社が女性技能職の採用を始めたのは、1990年代終わりのこと。当時、顧客のニーズが多様化、複雑化する一方で、その要望よりも職人自身の技術やプライドを優先する風潮が社内に生まれてしまっていた。組織が硬直化することに危機感を覚えた先代が、より柔軟な考え方、発想が生まれる組織への変革を目指し、新風を吹き込むために、女性採用に踏み出したのだ。

加工する部品の小型化や軽量化が進むとともに、高性能な作業機械が増え、女性でも現場で働きやすい環境が整いつつあったことも大きい。

とはいえ、男ばかりの現場に女性が1人で入っていくのは容易ではないだろう。そこで、若手の女性4人を研削技能者として一気に採用した。女性も着やすい作業服をつくり、作業空間にはBGMを流すなど、男女分け隔てなく働きやすい環境づくりに努めるという徹底ぶりだ。技術面では、若手の男性技能職を指導役に付け、丁寧なサポートを心がけた。

半年後には、通常の仕事をほぼこなせるレベルにまでスキルアップし、きめ細やかな顧客対応と高いチームワークで、成果を上げ始めたという。すると、それを見た男性職人にも変化が表れた。顧客視点や経営者の考えを、今までよりも意識するようになったのだ。これぞ、多様性の確保による好影響のいい例だといえる。

一方で、社員の知識やスキルアップを図る取り組みも始めた。技能検定の資格取得支援や、自発的な成長を後押しするため、業務に関連したスキルなどを学ぶ「マイスターカレッジ」の開催、また、カフェテリア自己啓発と呼ばれる、研修受講システムなども用意している。

社内風土が変化したことで、学びの取り組みも奏功した。今では、入社3年以上という技能検定の受験資格を持つ社員は、ほぼ全員が何らかの技能士資格を取得している。複数の資格を持つ社員も多く、マイスターはハイレベルな職人集団となった。その技術力、提案力に対する顧客からの信頼は厚く、それこそがマイスターのブランド力となっているのだ。

同社は、多品種小ロット生産が中心のため、1人の社員が複数の仕事をこなせるよう、多能工化を図っている。30歳までに、3つの職場を経験させる育成プランだ。
「仕事が属人化すると、産休や育休を取りづらくなってしまうでしょう。そのため、常に誰かがフォローできる体制を整えています」

営業担当も必ず製造部門を経験し、技能士資格を取得するのが特徴的だ。そんなジョブローテーションの効用を、髙井社長は次のように話す。
「当社のお客様は特殊仕様の部品が多いので、営業担当は製造部門のことを把握していなければなりません。ただ受注してくればいい、というわけではなく、現場とのコミュニケーションが大切なのです。他部署の仕事を経験すると、その内容がわかり、そこで働く仲間の気持ちも察せるようになるでしょう。お客様からの要望にも、営業と製造で協力してチャレンジしようという気持ちが生まれます。また、さまざまな視点から解決策を提案できるので、対応できる業界が広がる。知識も増え、技術力がさらに高まるという好循環です」

こうした社員同士の協力関係を強化するために、マイスターでは独自の組織体制を敷いている。
「当社は縦割りによる組織の硬直化を招かないよう、ピラミッド型にしていません。社員一人ひとりが互いに関係し、補完し合う『結ゆい組織』と呼ばれる、デュアルサークル組織を構築しています」

 

マイスターカレッジでは、多くの社員が業務に関する知識を学び、自己研鑽に努めている。

自律する個を育て、組織の力を最大限に

髙井社長は、超精密研削盤メーカーなどを経て2009年に入社、2019年に現職となった。会社のトップとなるにあたって、まずは経営スタイルの見直しを図ったという。先代はトップダウンの強いリーダーシップで組織を引っ張ってきた。製造現場での女性活躍など、先進的な取り組みが成功したのも、その強力な推進力があったからこそだ。
「私は性格的にも、会長のようなトップダウンスタイルは合わないし、できない。だからボトムアップ型でいこうと考えました。そのためにも経営の軸になるものが必要だと考え、『使命』を策定しました」

マイスターにはもともと、「協調・共感・共演」という企業理念がある。しかし社員にとっては、具体的に何をするのかあいまいでわかりにくいことから、その理念を実現するための具体的なミッションを定めることにしたのだ。それが「使命」である。

髙井社長が掲げたのは、「付加価値を高める」というもの。その内容は、こう記されている。

私達の使命は
お客様と同じ視点に立ち

共に『ものづくり』に向き合い
様々な視点・技術をもって
価値を提案しそれを具現化する事によって
お客様自身が更に付加価値の高い仕事を出来るようにお手伝いする事です

「この使命は、当社がこれまでずっとやってきたことを言葉に置き換えただけで、どこかから持ってきたものではありません。お客様に届けるべきは、私たちが高めた付加価値なのです。そのためには顧客視点のスタートが大事で、私たち自身が幅広い知識と技術を持っていなければなりません」

こうした経営者の意図を社員に浸透させるのは、簡単ではない。この使命を達成するためには、社員一人ひとりが自主的に考え、行動することが求められるからだ。そこに悩むトップも少なくないだろう。
「当初は、ベテラン層を中心に戸惑いが大きく、反発もありました。これまではトップダウンで指示された仕事に全力で取り組めばよかったので、自分で考えて行動することに慣れていないからです。使命を達成するためであれば、基本的に手段は自由で、何をやってもいいと伝えても、社員の意識を変えるのは容易ではなく、苦労しました」

それでも粘り強く伝え続けてきたことで、確実に変化してきていると髙井社長は手ごたえを感じている。
「私の考えを理解しようという気持ちをみんなが持ってくれて、課題に対して一緒に考えられるようになりました。それぞれ価値観は違っても、企業理念と使命を共有できれば同じ方向に進めます。実際、私よりも経験とアイデアを持っている社員も多く、それをいかに発揮してもらうか。そのための環境整備と育成が、社長である自分の役割だと考えています」

ボトムアップが機能するために、組織の強化も図った。新たに始めた全社員ミーティングはその1つだ。
「私が自社の現状や課題などを伝え、それに対して各部署で、新入社員からマネジャーまでがチーム単位で議論します。自分たちの得手不得手を明らかにし、会社にどんな貢献ができるのかを提案してもらう。これまでは社員一人ひとりの“個の力”に頼ってきましたが、これからはチーム単位で、組織の力を最大限に活かせるようにしていきたい」

社員の行動変容で、会社の見え方が変化

理念・使命の浸透はインナーブランディングであり、それに基づき社員が行動することで、対外的なブランド力の向上につながる。実際、冒頭で述べたように国内外の大手企業から、従来はなかったような受注や共同開発、研究案件が増えてきた。
「当社はお客様の付加価値を上げるのが仕事だということを徹底してきました。営業や展示会などさまざまな場面でもPRしています。そうするとお客様のほうも見方が変わり、単に刃物の再研削や治工具などの部品をつくる会社ではなく、新しいものを共同で製作・開発するパートナーとして認知されるようになってきました。そうした新たな分野への挑戦に、社員も前向きに取り組んでいます。自分たちの技術や知識も増え、次に何かをやるとき、また声をかけてもらえる。これほどやりがいのある仕事は、そう多くないでしょう」

 

「空白の活用」「既成概念の払拭」「三角形が持つ無限の可能性」という
3つの想いが込められた工場。

マイスターでは、技術力向上に合わせて、生産体制も強化している。2018年に新設した第2工場では「マイスターDX」を推進中だ。
「第2工場ではファクトリーオートメーション(FA)を進めています。一般的には量産対応するものですが、第2工場では受託の一品加工、オーダーメードでも、FAで自動生産できる体制を目指しているのです」

トップダウンからボトムアップ型へ、自身の経営スタイルに挑む髙井社長。「付加価値を高める」という使命達成に向け、社員一人ひとりが自律的に行動し、組織としての機能も高まってきた。同社は、さらなる成長へ向かって着実に歩を進めている。

 

機関誌そだとう216号記事から転載

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