躍進企業の一手。圧倒的「ブランディング」

「つくるよろこび」に込めた思いこそ強み

~ブランドステートメントの策定は、社内外にどう影響したのか……~

CASE①トップ工業株式会社

 

「作業工具業界は関西に有力企業が多く、三条の工具メーカーとしても後発である当社は、無名に近い存在でした」
社名の通り作業工具メーカーのトップ企業である、トップ工業の石井真人社長は、自社の歴史をこう振り返る。

 

石井真人社長

トップ工業株式会社
主な事業内容:
作業工具製造販売
本社所在地:
新潟県三条市
創業:
1939年
従業員数:
160人

同社はモンキレンチ、ラチェットレンチ、トルクレンチ、スパナなど多様な作業工具を製造し、その数は約2000種に及ぶ。しかも設計開発から金型製作、鍛造、機械加工まで、自社で一貫生産というのが特徴的だ。

高品質で使いやすい工具は、プロはもちろん一般ユーザーからも大きな支持を得ているという。
「工具の生産工程は金型をつくり、鍛造し、それを熱処理して機械加工して、完成品にするという流れです。この一連のラインを自社内に持つ作業工具メーカーは、珍しいでしょう。特に新製品の開発では、このラインが非常に強みを発揮します。金型と鍛造で部門間の意思疎通が速いので、試作品などの問題解決も早く、新製品を短期に市場投入できます」

石井社長がこう語るように、同社は一貫生産体制の強みを活かし、新製品の開発に尽力することで、現在の地位を築いた。

 

(写真左)約1200℃に熱した鋼材を、2000トンもの力で成形する鍛造の様子。
(写真右)研磨作業は、機械には真似できない職人技だ。

 

トップ工業の歴史は、1939年に設立された北越機械工作にさかのぼる。戦時中の1943年に中島飛行機の傘下へ入り、社名を中島精密鍛造に変更、直属鍛造工場として戦闘機の部品を製造した。戦後は、いち早く工具類を主体とする鍛造品の製造を開始。国内の復興需要とともに、海外、特に米国での旺盛な需要に対応、輸出が経営の柱となった。社名を現在のトップ工業に変えたのは、1963年のことだ。
「社名のトップは、文字通り作業工具業界で一番になりたいという思いから付けたものです。工具業界を牽引する関西企業と同レベルまで自社を引き上げ、さらに逆転するよう、がんばらなければいけないという気持ちがありました」

その目標を実現すべく、それまで手薄だった国内市場の開拓に注力。主要な需要地である東京、大阪、名古屋に相次ぎ営業所を開設した。

 

ニッチな製品をつくり、価格のリーダーになる

そんな中、1971年にニクソン・ショック(ドル・ショック)が起き、同社の経営は大きく揺さぶられる。米ドル/円相場で円が急騰し、輸出価格が大幅に上昇したことで、海外の顧客から値下げ圧力が強まった。加えて、台湾メーカーの台頭などもあり、工具の国際競争が激化。従来の輸出主体という経営は継続困難になり、国内市場の本格開拓へと大きく舵を切ることになる。ただ、国内営業網の整備を進めていたとはいえ、ブランド力はまだまだ弱く、同業他社と戦うには価格で勝負するしかない。しかし、そんなことが長く続かないのはわかっていた。
「そこで、新製品をどんどん出すことにしたのです。他社が手がけていない工具をいち早く市場投入すれば、その商品では価格のリーダーになれる。とにかくそれを徹底しました」

新製品開発においては、市場ニーズを探って製品に反映するのが一般的だ。ところがトップ工業では当初、マーケットから情報を得て製品を開発するという発想がなかったという。営業担当者が卸売商社などを出入りして得た情報を参考に、ひたすら新製品を市場投入していた。当然ながら、なかなかヒット商品は生まれない。そこで、顧客ニーズをつかむために営業スタイルを変えていったのだ。従来は卸売商社への営業が中心だったが、実際の工具ユーザーと接点を持つ工具店や金物店などへも足を運び、よりリアルなユーザーの声を拾い集めるようにした。

一方で、新市場の開拓にもチャレンジしていった。トップ工業はそれまで建築関係分野向けの工具を主力としていたが、建築に隣接する領域に着目。ビルやマンションの建設では、建物内部に水道管やガス管などさまざまな配管が敷設される。そうした管材向けの工具に、ビジネスチャンスを見出そうと考えたのだ。
「管材などの業界は展示会が多く、工具を使うユーザーが多く訪れます。そこに当社も出展させてもらい、ユーザーと直接話をすることでニーズを探りました。管材などの分野で使う工具は既存メーカーが出しているので、当社が同じ工具をつくっても価格競争にしかなりません。ですからユーザーの声を聞き、他社が手がけないようなニッチな製品の開発に力を入れたのです」

これが吉と出た。自社一貫生産体制の強みを発揮し、ユーザーの細かなニーズに応えた新製品を矢継ぎ早に市場投入していく中で、ユニークな工具メーカーとして市場での認知度がアップしていったのだ。
「おもしろい工具を出すメーカーだということで、ユーザーからの支持が少しずつ増えていきました。それにともない、卸売商社での扱いも変わっていき、関西メーカーと横並びにしてもらえるようになってきます」

トップ工業の主力製品。いずれも、ボルトやナットを締めたり緩めたりするための手工具。
電動ドリルに装着する先端工具も手がけている。

(写真左)本社ショールームには、トップ工業の強みである豊富なラインアップのモンキレンチが並ぶ。
(写真右)営業担当者は、ユーザーの声を直接聞き、製品開発につなげる。

異なる部署の3人が、図らずも同じ言葉を

このようにトップ工業は、製品開発力と確かな技術力で企業の認知度、ブランド力を高めてきた。これは、対外的なアウターブランディングの好例だといえるだろう。

一方で近年、同社は社内改革にも力を入れている。その中核をなすのが「ブランドステートメント」だ。これは自社の従業員に向けたインナーブランディングの取り組みである。ブランドステートメントとは、企業の理念や使命、価値観、目指す姿などを簡潔な文言として表したもの。経営の根幹、活動の拠り所にもなる。

トップ工業は2009年、「つくるよろこび」というブランドステートメントを策定した。石井社長はその意味を次のように説明する。
「当社は工具メーカーですから、よい工具を“つくり”、お客様に使っていただくことに私たちの“よろこび”があります。一方で、お客様も何かを“つくる” ために工具を使い、完成して“よろこび”を得る。その“つくる”を支え、“よろこび”の傍らに在りたいという願いが、ブランドステートメントに込められています」

ブランドステートメントが生まれた背景には、2000年代中頃に同社がコーポレート・アイデンティティー(CI)に取り組んでいたことがある。工業デザインの専門コンサルに協力を仰ぎ、会社ロゴやパッケージデザインの統一を進めた。その一環として、ブランドステートメントを策定することになったという。
「私は当時、業務部長としてCIを担当しており、その中でブランドステートメントを知ったのです。当社でもつくろうと思ったきっかけは、サントリーの『水と生きる』。それまでまったく意識していなかったのですが、これを見てブランドステートメントの何たるかがわかり、かっこいい言葉だと非常に感心しました」

実際の文言を決める際は会社全体を巻き込み、全社員に出してもらった案の中から5つ程度に絞って、全員で投票を行った。その結果、ダントツで支持されたのが「つくるよろこび」だったという。そもそもこの案は、漢字交じりなど字句に違いはあるものの、異なる部署から3人が共通して出した言葉だったという。
「たしかに『つくるよろこび』を見ながら、いいなという気持ちがありました。その理由を自分なりに考えたところ、当社が目指す将来の姿にぴったり合っていたからではないかと。私たちは長年まじめにモノづくりをし、ユーザーの声に耳を傾けながら新製品を出し続けてきました。ユーザーを大切にしようという気持ちがあり、私たちもつくることがうれしいし、工具を使う人もきっと喜んでくれるだろうと考えています。そういうことが、この言葉から連想され、また凝縮されているでしょう。それはおそらく社員も同じで、この言葉に決まったとき、みんなが納得感のある、うれしそうな表情をしていたのを覚えています」

再び世界を視野に。生産機能強化と販売拡大

以来、トップ工業における経営のベースには、このブランドステートメントがある。2016年に就任した石井社長は、第一に社員の職場環境改善を進めた。真っ先に取り組んだのは、老朽化したトイレの改修だ。

小さな点でも、社員の意識が変化すると手ごたえを得た石井社長は、さらに働き方改革を推進。年間休日を110日から120日に増やし、時間外労働もほぼゼロにした。
「社員のモチベーションを重視して、それによって生産性を上げていくことが狙いです。私自身、気持ちよく働きたいですし、気持ちよく働けば、自ずと生産性は上がります。例えば残業しない前提で働くと、退社後の予定を立てられ、休日だけでなく、平日の夜も有効活用できます」

こうして労働環境が整うことが、「つくるよろこび」につながるのは間違いない。石井社長の改革によって示された会社の姿勢は、人材採用にも大きく寄与しており、新卒、中途ともに安定的に人材獲得ができているという。
「応募される方はおそらくブランドステートメントを読み、当社の社風や社内のいい雰囲気を感じ取っていただいているのでしょう」

 

今年で創業84年を迎え、100年企業を見据えるトップ工業。石井社長は「持続可能な経営を続けるためには、収益の拡大が必要」とし、現在の売上高約34億円を、数年以内に40億円まで引き上げ、近い将来50億円を目指すとしている。

その目標達成に向け、着々と事業基盤の強化が進む。1つは営業だ。前述のニクソン・ショックを機に、海外から国内市場へと全面的にシフトした同社の売上高は現在、国内約95%、海外約5%だ。国内市場のさらなる販売拡大に加えて、再び海外市場の開拓に本腰を入れる。

男性のイメージが強い職人作業だが、女性社員も働きやすく、
活躍できる環境づくりに、力を入れている。

生産体制の強化も図っている。2022年、本社工場を増設した。経営者の高齢化で廃業する中堅・中小企業が増える中、トップ工業の協力会社にもそうしたケースが出始めている。そこで、協力工場に委託していた仕事を内製化する方針だ。
「これまで協力工場にお願いしていたものが、継続できないとなれば、自分たちでやることを視野に入れなければなりません」

そのために、まずは工場増設でスペースを確保し、設備は必要に応じて導入していくという。
「当社は新製品を出し続けることで成長してきましたが、それは今後も変わりません。当社が目指しているのは、プロの使用に耐えうる徹底した品質の追求と同時に、工具を初めて手にする一般の方でも、負担なく、気持ちよく使っていただける製品をつくること。それが、私たちのよろこびなんです」

世界有数といえる金物の街・燕三条から、「つくるよろこび」を通して高品質で信頼性が高く、おもしろい作業工具が、これからも数多く生まれてくることに、期待が高まる。

 

機関誌そだとう216号記事から転載

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