新事業成功の方程式

挑戦し続け、「機会の窓」を見逃すな!

~バランス感覚を備えて、長期的変化を理解する~

総論 株式会社やさしいビジネスラボ 代表取締役 中川功一さん

 

1つの製品やサービスに特化した“一本足打法”で、事業を展開させてきた中堅・中小企業は少なくない。ただ、昨今の市場変化は激しく、製品・サービスのライフサイクルも短期化が進んでいる。そのため、既存事業だけに頼って経営を続けるのはリスキーであり、中堅・中小企業こそ、新規事業開発は必須だろう。

株式会社やさしいビジネスラボの中川功一代表は、「近年、経営学の世界でも、大きなパラダイムシフトがあった」と解説する。
「外部環境の変化は、今に始まったことではありません。かつては変化の影響を極小化して、会社や事業のコア部分を安定化させる発想──環境とのデカップリング(切り離し)が主流でした。しかし、100年に1度といわれる大変容が3年に1度のペースで起きる時代になり、デカップリングではその影響を防ぎきれなくなっています。そんな中、経営学で注目されているのは、ダイナミックケイパビリティ(動的能力)。時代が変転するなら、それに応じてプロダクトやサービスも変えていく能力を備えるべきだ、という考え方です」

実際、大企業ではダイナミックケイパビリティを備えたところが事業開発に成功し、継続的に成長している。例えば、ソニーはもともとAV機器が強かったが、一時期はゲームや保険が、今はイメージセンサーやエンタメが会社を支えている。

注視すべきは、ダイナミックケイパビリティによって新規事業が生まれるのと同時に、事業開発をするからこそダイナミックケイパビリティが鍛えられるという双方向性だ。
「ダイナミックケイパビリティは、変化に合わせて絶えず学習する能力といってもいい。そのためには、まず実践が必要です。新規事業にトライすれば、たとえ失敗しても、実証実験で検証するスキルや、ステークホルダーと調整するノウハウが身に付くかもしれません。そうやって変化する力を磨きながら挑戦を続ければ、新しい事業だけでなく、その開発を支える人材が育つでしょう」

見極めるべき範囲“アフォーダブルロス”

そうした能力が一朝一夕に会得できるものではないとすれば、既存事業が傾いてから新規事業に乗り出すのでは遅すぎる。既存事業が好調なうちにトライ&エラーを重ね、事業開発力を磨くべきだ。中川氏はピーター・ドラッカーの言葉を引いて、次のように説明する。
「ドラッカーは『マネジメントは、常に現在と未来、短期と長期を見ていかなければならない』と指摘しています。簡単にいうと短期は既存事業で、長期は新規事業です。経営者は、常に頭の半分で新規事業について考えるくらいの、バランス感覚が求められます」

トライ&エラーを繰り返して事業開発力を鍛えるといっても、中堅・中小企業では1度の失敗が致命傷になることもある。リスクについては、どのように考えればいいのか。
「たしかに、むやみにリスクを取ればいいわけではありません。起業家はリスクテイカーのイメージが強いですが、成功した起業家を調べると、“アフォーダブルロス(許容できる損失)”を見極め、その範囲内で行動していた人が多い。彼らはチャレンジを続けるために、余計なリスクを排除します。中堅・中小企業の事業開発も同じ。具体的には、予算や期限、投入するリソースについて許容できる範囲を決めておき、それを超えたら見切りをつけたほうがいい」

許容範囲は企業が置かれた状況によって異なるが、予算については借り入れに頼らないフリーキャッシュフローの範囲でやることが目安の1つになる。さらに不測の事態にも耐えられるだけの運転資金や、株主への配当も確保したうえでやるのが理想的だ。そうなるとスモールスタートにならざるを得ないが、もともと新規事業開発は一発必中ではない。リスクを抑えて、繰り返し挑戦できるよう体力を温存することが、結局は成功への近道になるだろう。

その観点から注意したいのは、既存事業に直接関係がない“飛び地”の新規事業だ。
「新規事業というと、新しい顧客に新しいプロダクトを売ることだと捉えがちです。しかし、何もないところにゼロから立ち上げると、投資額も時間もかかるでしょう。経営学者のイゴール・アンゾフが整理したように、新規事業には『既存市場に新しい商品を売る』や『既存商品を新しい市場に売る』というアプローチもあります。前者であれば、すでに流通チャネルがあったり、後者なら製造設備などがあったりして、さまざまなコストを抑えられるのです」

 

思い切った失敗は、成功の可能性を高める

たしかに、既存事業に隣接した領域で新規事業を立ち上げるのは、コストパフォーマンスがよさそうだ。一方で、経営者には既存事業にとらわれずに、マクロトレンドを見る力も必要だという。
「ビジネスにおいては、機会の窓(window of opportunity)が開く瞬間があります。例えば2006年のSNS、10年のクラウドファンディング、15年のマッチングアプリのように、あるタイミングで新しいビジネスが一気に花開くのです。これをつかまえるためには、長期的視点でトレンドを予測し、事前に準備をしておく必要があります。短期で新規事業を考えていると、機会の窓が開く瞬間を見逃してしまうでしょう。経営者としてはPEST分析(Politics,Economy, Society, Technology)などで、長期的な世の中の変化を理解しておいたほうがいい」

メガトレンドから新規事業を考えると、既存事業とかけ離れたものになることもあるだろう。それだけ失敗リスクは高くなるが、中川氏はゴルフに例えて、挑戦を後押しする。
「OBラインを広くとれば、それだけフェアウェイラインも広がります。撤退基準を設けることは必須ですが、その上で結果的にOBになるような思い切ったチャレンジをすれば、次にトライするときは、フェアウェイが広がって成功しやすくなります」

また、そうした意識を持つ中でも、リスクを減らす方法はあると中川氏は続ける。それは、アライアンスだ。
「新規事業ですべてのファシリティや販路、技術を自前で揃える必要はありません。例えばテクノロジーが足りなければ、その技術を持つ会社と提携して、一緒にやってもいい。アメリカの『ウェイフェア』というECサイトは、家具メーカーやAIベンダーと連携して、部屋の写真を送ると、そこに商品がレイアウトされた様子がわかるサービスを始め、売上を伸ばしました。家具分野では、アマゾンを上回る勢いです」

ポイントは、顧客視点で考えることだという。技術先行のプロダクトアウトにならないよう、顧客が求めているものから発想して、足りないところを連携で補うことが重要だ。

こうした視点で他社と組めば、中堅・中小企業でも国内や世界の市場にて、勝つチャンスが大きく広がるのである。

 

話を聞いた方

株式会社やさしいビジネスラボ
代表取締役 中川功一氏さん

1982年生まれ。東京大学経済学部卒業。東京大学大学院経済学研究科博士課程修了(経済学博士)。駒澤大学経営学部講師、大阪大学大学院経済学研究科准教授などを経て独立。「アカデミーの力を社会に」を掲げ、YouTube、研修、講演、コンサルティング、著作などで経営知識の普及に尽力している。専門は経営戦略論、イノベーション・マネジメント、国際経営。『感染症時代の経営学』(千倉書房)など著書多数。

機関誌そだとう212号記事から転載

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