理念浸透で強い組織を構築する

“誇り”を原動力に、大海原へと走り出す

~いわゆる下請けと目されてきた、めっき加工事業……~

CASE②サン工業株式会社

 

「社員が誇りを持てる会社になる。その思いが原動力となって仕事にまい進することで、1人ひとりが人間として成長し、技術力も上がり、お客様へ提供できる価値が向上する。その結果、お客様からの評価が高まり、より一層誇りを感じながら業務に取り組めるようになる──この正のスパイラルを生み出すことが大切だと考えています」

こう語るのは、サン工業株式会社の川上健夫社長だ。

 

川上健夫社長

サン工業株式会社
主な事業内容:
金属表面処理加工業
本社所在地:
長野県伊那市
創業:
1949年
従業員数:
150人

同社は、25種類以上という豊富なめっき処理に対応し、かつ顧客ごと、製品ごとに専用の生産ラインを設けるという特徴的なビジネスモデルで事業成長を実現。業界において、トップクラスの業績を上げている優良企業だ。

めっきには亜鉛、ニッケル、クロムなどの種類があり、一口にめっき加工といっても、一般的には対応できる専門分野が分かれている。そのため、何種類もの素材に対応しているところは多くない。また、1つのラインで複数種類の製品を同時にめっきするのが普通だという。これは、できるだけ多くの顧客から得意なめっき処理を大量に受注することで、生産効率を上げるためである。しかし、サン工業は違う。
「30ある生産ラインのうち、20をお客様ごとの専用として設けています。発注内容も、自社製品の差別化を実現するため、さまざまな品質要求に対応する必要があるからです。その期待に応えるため、当社はお客様の製品開発に構想段階から参画して、最適なめっき処理方法を提案し、量産を実現します。バリューチェーンの初期段階から加わることで、技術的な囲い込みができるため、安易な価格競争に巻き込まれることを避けられるのです」

その高い技術力や課題解決力・設備能力から、競合他社が対応できずに困った案件が持ち込まれることも少なくないという。そのため、めっき業は地元の下請けとして、地域密着で取引することが多い中、サン工業の顧客は全国に広がり、主要先だけで350社以上、総計では1000社に達する。

 

2016年に新本社棟が完成。
4階の展望フロアからは、南アルプスと中央アルプスを望むことができる。

人は、学び続ける限り陳腐化しない最高の投資

とはいえ、川上社長が入社した当時は、ありふれためっき事業者の一つにすぎなかった。そこから同氏が変革を重ね、会社が現在の姿へと成長するための原動力となったのが、「社員が誇りを持てる会社」を目指し始めたことだった。まさに、理念の追求によって大きな価値をつくり出したといえる。

同社は、川上社長の父である廣見氏が1949年に創業した会社だ。大学を卒業した川上社長が24歳で入社したのは、75年のことである。
「当時の工場(伊那市狐島)は、まさに3K(きつい、汚い、危険)の職場でした。暗くて、寒くて、暑い工場内で、社員は朝から晩まで働いていたのです。私自身は仕事を苦に思ったことはなく、むしろ楽しんでいましたが、若い人は入ってきません。どうしようもなくて、親戚からかき集めた社員で、何とか工場を回している状況でした」

そして、めっき屋が軽んじられる風潮にも、衝撃を受けたと続ける。
「取引先に営業しにいくと、『めっき屋か』と見下されたようないわれ方をします。めっきはサプライチェーンの中でも、もっとも下流にいるため、取引先へ行くと軽んじられた対応をとられることが少なくないのです。『自分は世の中に望まれていないのか』『なぜ馬鹿にされなければならないのか』という、何ともいえない思いがこみ上げてきました。後継者として入社した私がそう感じるくらいなのだから、社員はなおさらだろう。この状況を何とかして変えていきたい。それが、社員が誇りに思える会社を目指すきっかけだったのです」

そこで、まずは職場環境を変えるため、工場を新設することが必要だと考え、伊那インター工業団地への移転を決意した。32歳だった川上社長が先代に直談判し、当時の年商の2.5倍という資金を地元の信用金庫から借りる、大勝負だ。

ただ、工場という器だけでなく、社員も変わらなければ意味がない。そう考えた川上社長は、“人”への投資にも力を入れるようになる。
「製造業の社長の中には、最新の設備を自慢する方がいますが、機械はすぐに陳腐化していきます。しかし、人は違うでしょう。たとえ、すぐに戦力にはならなくても、本人にやる気さえあれば、成長し続けることができます。そして、勉強すれば、将棋の歩が『と金』に成るように、大きく変わることができるのです」

このような人を大切にする思想は、川上社長の会社を変えたいという“志”へとつながる重要な要素であり、あらゆる取り組みによって、それがメンバーにも伝わっている。
その1つが、社員の学べる場である研究会をスタートさせたことだ。85年頃のことだったが、これは「SUNDay(サンデイ)」という名称で土曜日に実施される勉強会として、今なお続いている。当時、数百万円という利益の大半を社員教育に投資して、めっき技術をはじめとする幅広い知識を吸収できる機会をつくったのだ。

同じベクトルで同じ温度感。全員参加が実現の鍵を握る

研究会が形を変えた「SUNDay」は、「Step」「Up」「No(の)」「Day(日)」の略だ。会社人として常に自己を高めていくことを支援するため、月に1回、土曜日の午前から午後にわたって社員全員参加で開催している。

「SUNDay」の様子。
この日は社員OBを招いて、創業期の厳しかった時代を話してもらい、学びを得た。

サン工業のスタート当時を知る「生の声」は、どんな資料にも勝る教材として、
参加者の心に響いたという。

その内容は、各部門の実績報告会やさまざまな活動の進捗、外部から講師を招いた勉強会、めっきに関する技術研修など多種多様だ。もっとも特徴的なのは、冒頭50分にわたって、川上社長自らが現況報告や仕事への向き合い方、会社人としてレベルアップするためのヒントなどを語る点である。
「会社の現状から始まり、世の中の情勢とそれが自社に及ぼす影響など、包み隠さずオープンに伝えています。理由は、今の状況を正しく知らないと、的確な戦略はとれないからです。例えば、経営者として赤字は隠したいものでしょうが、その事実を明かさずに事業戦略のアイデアを募っても、的を射たものは出てきません。抱えている問題をみんなが知っているからこそ、改善するためにどうしようという切り口で会話ができるのです。儲かっている場合も同様。どのような商売が好調で利益が出ているのかを正しく把握できていれば、もっと業績を伸ばすために何ができるのかという視点で話ができます」

また、“今”は“過去”の結果でしかないため、業績が悪いからといって犯人捜しのような後ろ向きの話をしても意味はない。その原因を把握することは大切だが、「今していることが将来のための正しい布石になっているか」という建設的な話し合いをするべきであり、そのためにも、大前提として現状を正しく把握することが大切だと語る。

川上社長のいわんとするところはよくわかる。しかし、正しい戦略を練るためであれば、情報を開示する対象は若手まで含めた全員である必要はなく、マネジメント層だけでもいいのではないかと考える経営者も少なくないだろう。
「全社一体となって同じベクトルで動くには、社員全員が現状を正しく、できる限り同じ温度感で把握することが大切です。また、会社を取り巻く状況は刻々と変化していくため、定期的に現状を知る機会を設けて軌道修正することも必要になります」

 

「サン工業未来図プロジェクト」として、部門を越えて17チームに世代分けし、
会社として10年、20年、30年後のありたい姿を考えた。

全員が正しく現状を認識しているからこそ、同じベクトルで未来を描くことができるという。

確かに、会社が置かれた現状を把握できていれば、向かうべき目標を示されたとき、納得感は高くなる。ビジネスに求められるスピードが増している現在、全社一丸となって迅速、かつ柔軟に動けることは大きな武器になるのも間違いないはずだ。ただ、土曜日にわざわざ出勤して、1日を勉強に費やすことに反発する社員はいないのだろうか。
「全員が同じモチベーションで『SUNDay』に参加することは現実的に難しい面もあります。私も勉強会や講習会に数多く参加してきましたが、聞いているふりだけで聞いていないこともありましたから(笑)。だから、寺小屋のような一方的な講義では聞いてもらえないと考え、参加者が飽きないように参加型にするなど、いろいろ工夫しています」

例えば、QC(品質管理)に関する発表会を行うなど、参加者自らが発信する機会やワークを設けるプログラムを盛り込んだり、沖縄弁や大阪弁など方言バージョンのラジオ体操講座を行ったりすることで、参加意識と楽しさを演出しているそうだ。

 

2年に1度、実施している社員旅行のひとこま。
毎回、海外国内あわせて全10コースを、社員が手づくりする(写真は神社仏閣コース)。
社員の90%以上が参加し、部門や世代の壁を越えた交流が活発に行われる人気企画だ。

変化に適応する挑戦力で、日本の製造業を支えたい!

サン工業には、「社員が誇れる会社」以外にもう1つのスローガンがある。「Yes,I can!」だ。バラク・オバマ米元大統領が使った有名なフレーズによく似ているが、川上社長ははるか以前から使っていたという。この言葉には、どのような想いが込められているのか。
「経営が苦しい頃、どんな仕事も断らない、とにかく頼まれた仕事には必ず応えることを営業方針にしていました。その方針を貫くためには、幅広いニーズに応えられるよう、常日頃から技術力や実現力に磨きをかけておかなければなりませんし、社員一丸となって動く必要もあります。結局、『Yes,I can!』を貫くためには、“人”への投資が欠かせなかったのです」

また、この精神は、企業が成長していく力の源にもなっていると川上社長は続ける。
「世の中はどんどん変化していきますが、人間は基本的に変わりたくない生き物です。一度身に付いたことを繰り返すほうが楽ですから。しかし、適応していかなければ市場に取り残されてしまい、たとえ現状を維持していても、相対的には退化しているのと同じでしょう。だから、社会の動きに先んじる気持ちをもって、いつも挑戦していくことがとても重要です。これも、『Yes,I can!』が根付いていれば、自然と育まれていきます。何でもやる! という考え方は、チャレンジ精神そのものですから」

 

「社員が誇れる会社」「Yes,Ican!」という2つのスローガンを掲げ、その実現にまい進してきた結果、サン工業の風土として育まれてきたチャレンジ精神は、今、新たな可能性をもたらそうとしている。それが、川上社長の長年の夢でもある自社製品の開発だ。

新開発の抗ウイルス・抗菌めっき「CoViK(コピック)」。
SIAA認証取得済。今後、幅広い分野でニーズが見込まれている。

「お客様の期待に応えるため、これまでもスペシャルなめっき液を開発したりしてきました。その一つが、感染リスクを低減できる『抗ウイルス・抗菌めっき』です。ほかにも、既存の硬いめっきより2倍ほど強固なめっきを、もう少しで市場に出せるところまできています。ただ、これからはお客様のニーズに応じたものだけでなく、当社オリジナルの製品も開発してBtoCを手掛けていきたい。これまでは市場の風向きに左右される経営でしたが、小さいながらも船外機を持って自分たちで走り出そう。浅瀬から始め、いつの日か太平洋へ出ていきたい、と思うようになりました。その先に、日本の製造業を支えられる会社になっていきたいと本気で考えています。今は、そのスタート地点にいることが楽しみでなりません」

川上社長が嬉しそうに語る夢が実現したとき、サン工業はより一層、社員が誇れる会社になっているはずである。

 

機関誌そだとう211号記事から転載

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