投資先受賞企業レポート

リソースを生かし、出版からリハビリサービスへ!
コンテンツ“創出力”が事業を変える

株式会社三輪書店

 

書籍・雑誌の販売不況が続き、全国の出版社は厳しい経営環境にある。そうした中で、2021年7月に発表された、東京商工会議所主催「勇気ある経営大賞」の最高位・大賞を受賞した三輪書店は、版元としての出版社が生き残る一つの道筋を示した。

 

青山智社長

1961年生まれ。86年、和光大学人文学部中退後、
ミカド写真製版所入社。88年、三輪書店へ入社し、
96年、取締役就任。2004年より代表取締役社長。
10年、子会社・東京リハビリテーションサービスを設立、
代表取締役兼務。21年、東京商工会議所
「勇気ある経営大賞 大賞」受賞。

株式会社三輪書店
主な事業内容:
医療・介護分野の書籍・雑誌を専門とした出版事業
所在地:
東京都文京区
創立:
1987年
従業員数:
23名(グループ710名)

障害や難病の子どもにもリハビリを届けたい

同社は、医学・看護関連の書籍・雑誌を刊行する専門出版社だ。特にリハビリテーション領域に強く、作業療法士向け専門雑誌『作業療法ジャーナル』は、同分野で高い評価を受けている。また、その作業療法士をはじめ、理学療法士といった専門職に向けた模擬試験の問題制作や採点も行い、知名度は幅広い。

ベストセラー書籍『コグトレ』シリーズ、月刊誌
『脊椎脊髄ジャーナル』『作業療法ジャーナル』など、
同社の主力出版物。

しかし、青山智社長(60歳)が就任した04年当時、すでに年々、書籍の売上は落ち、雑誌の広告出稿量も減少し続けていた。このままではジリ貧になると考えた青山社長は、大胆な事業改革戦略を立てる。10年に訪問看護・リハビリテーション(以下、リハビリ)サービス事業に打って出たのだ。介護保険制度がスタートして10年が経ち、大手から中小まで競合が林立する中、そのチャレンジは完全に後発で、ハンデを背負うものであった。だが、出版で培ってきたリハビリ分野の人脈やノウハウを取り込んで新事業を軌道に乗せる。他社の多くは高齢者介護分野で事業展開していたが、同社は、より高い専門性が必要で医療保険が適用される、難病・障害者向けの訪問リハビリに着目。なかでも手薄だった、子ども向けのリハビリでは、1000名を超えるユーザーを抱え、日本屈指の規模となっている。

これにより、改革前は売上6億円、社員13人だった規模が、21年現在ではグループ(子会社・関連会社4社と医療法人1施設)で37億円強、710名という業容にまでなり、新事業で獲得した知識や技術を書籍化するなど、出版事業とのシナジー効果を生む好循環が起きている。これが今回、名誉ある「勇気ある経営大賞」大賞受賞につながったといえるだろう。

だが、青山社長は「会社を拡大したいとは思ったことがない」と語る。
「社員がやりたいことをかなえられる会社にしたいだけです。組織として拡大するより、子会社をたくさんつくり、社員たちに広く経営者として育ってほしいと願っています」

会社存続のために創業者から事業承継

ただ、ここまでの道のりは苦難に満ちたものだ。もともと、同社がリハビリサービスに乗り出すことができたのは、05年にMBO(従業員による企業買収、マネジメント・バイアウト)によって、青山社長がオーナー創業者から事業を承継したからだ。当時、MBOは日本ではまだ少なく、ましてや出版業ではまれなことだった。
「創業者が体調を崩した上に、後継者が決まらなかったこともあり、『M&Aで会社を売却する』と命じられ、当時、取締役だった私がその担当として社内で隠密に行動したことも。しかし、うまくいかず、創業者が外部から新社長を連れてきたのですが、結局2年で退任。その際、主力社員の4人も退職したため事業が回らなくなり、仕方なく、私が社長を継ぐことになったのです」

ところが、創業者とは経営方針が食い違う。そこで青山社長も辞して自分で会社を設立しようと考えたその矢先、銀行の担当者からMBOを勧められたのだ。かかる資金2.8億円を貸してくれるというので、青山社長は思い切って実施を決断する。
「MBOのことはよくわからず、年商6億円の会社が2.8億円の借金をして、連帯保証をしましたが、ただ『三輪書店を残したい』という思いだけでしたね」と青山社長は笑う。

こうして経営権を掌握した青山社長。敏腕編集者でもある同氏は、まず自ら企画を立て、一部書籍を電子化したり、残った若い社員の教育に力を入れたりして、事業の立て直しを図る。人材の成長とともに、返済も順調に進み、5年で借入分をほぼ返した。

しかし好事ばかりではなかった。
「自分の給料より完済を優先し、過重な疲労とストレスから、軽度の心筋梗塞に見舞われました。また、膝の骨腫瘍を患い、社長就任から3年間、毎年再発する腫瘍のため手術を重ねて、退院後は3カ月ほど松葉杖を突きながら病院と会社を往復する毎日。膝から切断した方がいいと医師に勧められましたが、骨移植でしのぎ、いまでは回復しています。社長業は体力勝負、と痛感したものです」

多難を乗り越え、業績も落ち着いたが、何かをやらない限り生き残れない。先を考えれば新事業が必須だ。このとき、青山社長は2つのシナリオを考えていた。1つはデジタルコンテンツ化を進めること。もう1つが、前述した訪問看護・リハビリサービスへの進出だった。同社の理念「リハビリテーションの啓発・普及」と、これまで蓄積してきた出版事業のリソースも生かせるからだ。だが実は、リハビリ参入は1998年に創業者が一度失敗し、負債を抱え、撤退したことがあったのである。
「私はデジタル化に勝機を見出そうとしていましたが投資コストが膨大なため、より実現可能性が高いリハビリ進出を決めました。当社はもとより、リハビリ専門職には知名度も信頼度も高いので、人材確保は問題ありません。ただ、98年の敗因は、その専門職をマネジメントできなかったことだっただけに、採用するスタッフとの信頼関係づくりには気を遣いましたね」

背景には、大きな問題意識もあった。実は、小児向けリハビリ施設や人材は国内で不足しており、本来ならリハビリを受けて身体機能を改善できるはずの子どもたちが、寝たきり状態を余儀なくされているのだ。
「障害や難病がある子どもたちも、日々成長しています。適切なリハビリを提供できれば、改善の変化をご家族にも共有できるようになるのです。私たちはまだ力不足ですが、いまはサービス普及のため、『質より量』で上のレベルを目指しながら、少しずつ働ける場所をつくり、専門職のスタッフたちも増えている。今回の大賞受賞で、いままでこうした陽の当たっていなかったところへ、社会が目を向けるきっかけになってほしいと願っています」

教育プログラム開発で専門職のスキルを向上

幸いなことに、当時、大阪で作業療法士かつ看護・リハビリ会社の取締役だった谷 隆博氏の協力を得られることとなり、2010年に東京リハビリテーションサービスを子会社として設立、スタッフ6名でスタートした。谷氏は青山社長とともに共同代表を務め、続いて2社目として12年に大阪で設立した子会社・かなえるリンク代表にも就任している。

当初は成人向けリハビリから始めたが、青山社長は「体力がついたら、子ども向けにも着手したい」と考えていた。編集者時代から、その不足状況を憂えていたからだ。

谷氏の尽力もあって事業は軌道に乗り、規模を拡大しながら同時に小児向けリハビリを開始。

障害や難病がある子どものリハビリには、特別なノウハウと知識が必要なため、新人やベテランの療法士を参加対象とした「小児ベースアップ研修」という独自の社内教育プログラムを開発し、毎月実施している。小児未経験者であっても、ここで座学と実技を学び、情報や意見をベテランとも交換しながら、少しずつ現場に出ていけるようになるわけだ。

 

(左)小児訪問看護・リハビリテーションの様子。現在、全グループの専門職は約500名、立ち上げた事業拠点は41カ所に上る。
(右)運営施設の一つ「りぶうぇる三鷹」。地域に密着し、利用者の生活機能向上に重点を置いたデイサービスを提供している。

 

同社はこうした人材育成に力を入れており、全専門職へ入職時から研修を行い、経験を問わず丁寧に育てる方針を貫く。新人教育としてはプリセプター(指導者)制度を導入、また経験の少ないスタッフには、専門性の高いスーパーバイザーがリハビリに同行訪問し、実地で指導する。このほか、外部から医師やケアマネジャー、薬剤師など医療関係者も参加する、多職種事例検討会や症例検討会をグループ内で相互に開催。社内学術集会では、自社スタッフの学会発表支援も行っている。

社内学術集会。専門職スタッフが学会で発表するための
スキルを磨く社内教育の場として、会社が開催を支援している。

「教育研修に資金をかけ、利益率は低下しますが、専門職にとって何が大事か、会社が何をサポートできるかを考えての経営です。小児リハビリでは、より高い技術が求められるので、人材が不足しており、まず専門職スタッフをもっと増やしたいですね。少しずつ技術を上げていきながら、全国に人材を供給したい」

現在ではグループ全体で事業拠点が41カ所に増え、有料老人ホームや整形外科クリニックも展開。医療保険と介護保険対応業務が半々となっている。新事業でつかんだノウハウを投入した、子どもの認知発達支援書籍『コグトレ』(Cognitive* Training)シリーズなどの読者が、ともに働きたいとやってくるようにもなった。
「リハビリサービス提供は、本づくりと同じ、“コンテンツ”の創出。出版人として世の中を変えたいと思っています。今後は医療現場との連携を強め、特に東北地方へもベースを広げていきたい」と青山社長。

全国で同社を待っている子どもたちがいる。

*Cognitive=認知

 

東京中小企業投資育成へのメッセージ

出版社のMBOは前例が少ないし、難しいと思いますが、当時から投資育成さんが株主になってくれたことで、うまく事業を承継でき、感謝しています。
私たちは専門分野だけを見ていて視野が狭いので、こうした外の目が入ることで、広い知見を得ることができます。今後も支援していただけるようにお願いします。

 

投資育成担当者が紹介!この会社の魅力

業務第二部 主任
勝野 連

青山社長は、小児向けリハビリ業の事業化を通じて多くの子ども・家族に「生きる喜び」を提供しながら、祖業である出版業とのシナジーを生み出して業容を拡大してきました。
今後も新たなコンテンツの創出で世の中を変えていく三輪書店様を微力ながら、応援していきたいと思います。この度のご受賞、誠におめでとうございます!

機関誌そだとう209号記事から転載

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