投資先受賞企業レポート

製造業が"サービス業"として進化を続けるために・・・・・
目指すは「顧客」&「従業員」満足の最大化!

株式会社アステム

今回、アステムが優秀経営者顕彰・優秀経営者賞を受賞した理由として、「中1日の超短納期に対応するための生産体制『混流1個流し』や多能工化」が挙げられている。他社にはない決定的な差別化であろう。だが、同社がここまでくるための道程は、まさに波乱万丈といえる。

野口敬志社長

1962年生まれ。
専門学校で空調設備の専門知識を身につけた後、
86年、23歳で日野設備工業入社。
95年、宮城県にある工場への出向を経て、97年に社長就任。
同年社名をアステムへ変更。
自社については、製造業でありながらも「私たちはサービス業」と唱える。

株式会社アステム
主な事業内容:
空調用ダクトの吹出口・吸込口および防火ダンパーなどの設計・製造・販売
所在地:
宮城県刈田郡蔵王町
創立:
1963年
従業員数:
120名

それは2002年のことだ。同社の野口敬志社長(現・59歳)は、従業員への意識調査の結果報告を握りしめながら、手はブルブルと震え、頬は紅潮していた。

「何だ、この結果は!従業員は何を考えているんだ?」

その結果報告には、「会社の雰囲気が暗い」「残業が多すぎる」「出社前に吐き気がする」などなど、30項目中28項目にネガティブな意見が示されていた。当時、同社に何が起きていたのか。そして、本賞を手にするまでに何があったのだろうか?

混流1個流しや多能工化で中1日の短納期を実現

同社は空調用ダクトに設置する吹出口や吸込口、および防煙・防火ダンパーなどの設計から製造・販売までを扱う専門会社だ。21年現在、吹出口の国内シェアは第3位、推定で2割を占める。

「吹出口やダンパーの納期は通常、2週間です。大量かつ安価に生産するには、それだけの時間が必要になる。しかし当社は価格ではなく、発注から中1日で納品するという付加価値を磨き抜くことで、短納期市場を開拓してきました」と野口社長。

これにより同社は本賞を獲得した。他社製品より価格は2〜3割高くなるが、それでも顧客であるダクト工事会社から発注が殺到する。

例えば、「あべのハルカス」のような大型複合施設の場合、ホテルやオフィス棟などは早めに設計が確定するため他社製品が使われるのだという。ところが、商業エリアのレストランや小売店舗などはギリギリまで仕様が決まらないことが多々あり、個数は少なくても短納期が求められる。

「我々はこうした市場に特化しており、お客様にとって“最後の砦”となっています」

吹出口や防火ダンパーは、ダクトのサイズにあわせてハガキ大から扉ほどの大きさまでいろいろある。他社では当然ながら同一サイズをまとめて生産するが、同社はそうしたバラバラのサイズを納期順に1個ずつ生産する。これが当社が得意とする“混流1個流し”だ。

収益より従業員満足度重視へと方針転換した
2002年からの約20年間で売上、従業員数ともに
右肩上がりの成長を更新中。

また、材料の切り出しから折り・曲げ、溶接、塗装など10ほどある工程は、すべて社内一貫生産。多能工化の推進により、スタッフが複数の工程を担当するため、ラインの稼働状況に応じて柔軟に最適な人員配置を可能としている。

さらに早期から生産管理システムを導入しており、進捗状況を製品ごとにバーコードで管理し、見える化を図っている。各グループのリーダーはタブレットで生産状況をリアルタイムに把握。グループ間のスタッフの融通をするなど、工程の最適化が図れる仕組みが確立されている。

「実は一番難しいのが“色”なのです。内装などとの関係で製品の色目が複雑になるため、当社では自前で調色できる調色機を持ち、どのような要望にも応えることができます」

こうした特化戦略とそれを実現する生産体制を構築し、収益体質を強化。製造業平均を大きく上回る売上高利益率を誇る。売上も順調に拡大し、過去10年間で2倍以上、20億の規模となっている。

肉親の死や倒産危機を経て退路断ち事業再建へ

同社の主力商品である空調用吹出口、
排煙口、防火ダンパーなど。
新市場を見据え、2017年にはインドネシアの
空調設備企業を関連会社化し海外進出を果たした。
社名の「アステム」には、「明日の技術を追求できる
会社であれ」という野口社長の思いが込められている。

こうして、いまでこそ確固たる地位を築いた同社だが、かつては倒産の間際まで追い込まれていた。

1963年に敬志社長の父親・野口敬三氏が神奈川県横浜市で空調設備を扱う日野設備工業を創業。野口社長は86年に23歳で営業として同社に入社した。業界は高度経済成長とともに拡大したが、バブル経済崩壊によって低価格競争に陥り、業績は悪化の一途を辿る。

「95年に、私は宮城県角田市の工場への転勤を告げられ、工場長として生産現場を建て直せと父から指示されたのですが、雰囲気は最悪でした。何しろ、父が直前に前の工場長と製造部長を解雇しており、従業員たちは反発し、誰も私の言うことなど聞いてくれなかったのです」

さらに追い打ちを掛けるように野口社長を不幸が襲う。病を患っていた弟がその年に亡くなり、翌年には会社の経理を見ていた母が急逝した。

「母は亡くなる直前に、自社株を退職金代わりに父から譲り受け、それを病床で私に託してくれました。そして、『会社を再建なさい』、と。私はこれを遺言だと思い、退路を断って再建に挑みました」

同社再建への第一歩は、あるお客さんからのちょっとした急ぎの注文であった。当時は納期2週間でやっていたが、「とにかく早くほしい」と言う。どうせ閑なのだから、と2~3日で製品を納めると大喜びしてくれて、1万円ほどの案件だったのに「2万円でも3万円でも請求してくれ」と言われたという。

「それで気づいたのです。それまで生産効率を上げて価格を下げることが大切だと思っていましたが、“納期”こそが売り物になる。そこから短納期化を“サービス”として捉える発想転換をして、それを推進し始めました」

短納期実現へ向けて早期からIT投資を
積極的に行い、自前の生産管理システムに
よる工程の見える化に取り組んできた。

97年、敬三氏から会社を受け継ぎ、社名をアステムに変更。当時は、従業員25人、売上は3億円弱でかろうじて黒字と、吹けば飛ぶような小さな会社だった。目指すべき方向の糸口は掴めたものの、資金繰りは厳しく、倒産の淵に追い込まれていた。野口社長は自身が描く短納期サービスを事業計画に落とし込み、取引先数社に出資を請う手紙を送る。なかなか援助を取り付けられない中、同社の窮状を受け、救いの手を差し伸べてくれたのは山形の会社だった。その会社の社長は、野口社長の考えに共感し「ビジョンを実現してみなさい」と資金援助を快諾してくれ、これを機に同社再建は大きく前進することとなった。

すると従業員たちは、苦境を乗り越え奮闘する野口社長の姿を見て、少しでも仕事を増やそうと全社協力体制で夜中の残業もやってくれた。

「当時の私の仕事は、皆の夜食を買ってくること。何しろ、月に残業100時間を超える従業員が何人もいて、有給休暇を与える余裕もない。しかし、毎年年率10%ずつ売上が伸びていったのです」

もちろん残業代を払い、さらにボーナスを出せるようにもなって、野口社長は鼻高々だった。ちょうどその頃、社労士から冒頭の従業員への意識調査の実施を勧められたのである。

利益追求型から従業員満足への転換

1個からの発注に中1日で応えるため、
多能工化を推進。
業務フローに即したフレキシブルな
生産体制が同社の強みだ。

倒産寸前の経営危機から立ち直り、順調に利益を上げてもいる。従業員は収入が増えて喜んでくれているものだとばかり考えていただけに、調査結果の否定的な反応が許せなかった。

「ところが、従業員の自由回答欄を読んでいくと、最後の一行にこうあったのです。『会社がこのようなアンケートを取るのは、従業員のことを考えている証だ』と。この言葉を見た瞬間、興奮していた頭が一気に冷めると同時に、衝撃を受けました」

自分は収益のために顧客満足度ばかりを追ってきたが、製品を作っているのは彼ら従業員じゃないか。その満足度を考えないで会社が成り立つものか──と目を開かされたのだ。

「それから従業員満足度ナンバーワン企業を目指すことを決意したのです」

“従業員ファースト”に切り替えた野口社長のその後の徹底ぶりはすごい。従業員にまず謝罪するとともに経営を勉強し直し、福利厚生制度を整備。要望書制度、改善提案制度を導入して従業員のあらゆる声に応えていく。

そのうち、社内が和気あいあいとした雰囲気に変わってきた。いまでは事前に想定以上の残業となると分かれば納期を延ばしてもらい、平均20〜30時間に収まっている。有休消化率も80%となった。ボーナスは従業員を守る生活給と考え、業績にかかわらず年6カ月分を必ず支給している。

「今回の受賞は私だけでなく、従業員や関係者との“絆”の結果だと思います」と微笑む野口社長。もはや、ブレることのない経営に邁進する。

東京中小企業投資育成へのメッセージ

東京中小企業投資育成には中立的な立場で提案していただけることを感謝しています。今後の経営承継に関し、株式の問題で悩んでいたときも納得のいく提案をいただき、その通りに実行しました。さまざまな情報を提供してもらえることもメリットで、今後はぜひ宮城や東北6県で投資育成の投資先を集めて、事例発表やセミナーなどの交流会を開催していただきたいと願っています。

投資育成担当者が紹介!この会社の魅力

業務第三部
細川敦史

吹出口や防火ダンパー製造の既成概念に囚われず、“超短納期”に代表される日々“チャレンジ”を欠かさない同社の製造スタイルは、野口社長と従業員の皆様の苦労の上に築き上げられた、まさに努力の結晶だと思います。ご要望を頂戴した事例発表会は、ぜひ開催に向けて準備させていただきます。この度のご受賞、誠におめでとうございます!

機関誌そだとう206号記事から転載

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