M&Aで企業成長を図る

事業と取引先の“複線化”で安定発展を!

~装置、人、ノウハウ。経営資源を一気に獲得して可能性を広げる……~

CASE③エミック株式会社

「M&Aを実行したことで、これからの成長分野である振動試験の受託事業の売上が一気に倍近くになりました。さらに新規事業を進めるための足場を固めることもでき、これで成長を加速させることができます!」

満面の笑みでM&Aの効果を明かしてくれたのは、東京都品川区に本社を置くエミックの大野誠司社長だ。

表情が明るいのは当然だろう。振動試験装置メーカーである同社は2019年7月、温湿度試験に必要な特殊なチャンバーのメーカーである日測エンジニアリング(埼玉県日高市)の事業の一部を承継。それにより売上が増えただけでなく、成長の道筋が見えてきたからだ。

大野誠司社長

エミック株式会社
主な事業内容:
振動環境試験機・振動測定器の製造販売、受託試験業務、保守サービスなど
本社所在地:
東京都品川区
創業:
1971年
従業員数:
180名

エミックの売上は、振動試験装置の製造販売とメンテナンスなどのサービスが7割以上を占める。主な取引先は自動車メーカーと自動車部品メーカー。ご存じの通り、自動車はガソリン車からEVへと開発のシフトが起きており、それに伴いエンジン周りを中心に部品点数が減っている。EV化で新たに試験ニーズが生まれることも予想されるが、現時点では未知数。同社としても、国内市場を維持しつつ中国市場に活路を求めている状況だ。

そこで、いま同社が期待を寄せているのは、振動試験の受託事業だ。受託事業は、顧客メーカーが持ち込んだ製品をエミックが試験して、そのデータを顧客に提供するビジネス。顧客にとっては装置やオペレーターを抱えずに試験が行えるメリットがあり、需要が年々伸びている。

大野社長が描く成長戦略は、受託事業の拡大だけではない。

「ある部品が壊れたとします。受託事業では、その部品を試験してデータを渡すだけですが、さらに一歩踏み込んで、なぜ壊れたか、どう設計すれば壊れないのかをアドバイスできればお客様のお役に立てるはず。このソリューション事業を積極的に展開したいのです」(大野社長)

受託事業を拡大したり、ソリューション事業を展開するには、試験装置やオペレーター、ノウハウを拡充させる必要がある。今回のM&Aでは必要としていたそれらの経営資源を獲得。成長戦略を実行に移すためのカードが揃ったのである。

攻めと守りの両面から必要だったM&A

M&Aにより日測エンジニアリングから譲り受けた
神戸市の受託試験センターで作業を行うスタッフ。
需要が伸びている受託試験ビジネスに、同社は期待を寄せている。

もっとも、このM&Aの狙いは、成長戦略だけではなかった。日測エンジニアリングの事業を承継したのは、両社に特別な縁があったからだ。

エミックの設立は1971年。振動試験は大気中で製品を振って行うが、同じ振動でも温度や湿度によって製品の壊れやすさは変化する。そのため振動に温湿度の要素を加えた複合環境で試験を行うニーズが高まり、同社創業メンバーはこの特殊なチャンバーのメーカーを別に立ち上げて、製品を同社に優先的に供給した。それが75年に設立された日測エンジニアリングだ。

そうした経緯から姉妹会社のような関係にあったが、リーマンショックを境目に取引が縮小。日測エンジニアリングの経営陣の交代もあり、別路線を歩むことに。具体的にはエミックと同じ受託分野に進出したり、振動試験装置を中国から輸入販売する事業を展開。日測エンジニアリングからエミックへの製品供給は細々と続いていたものの、どちらかというと競合関係に変わっていた。

さらに変化が訪れたのは2018年だ。今回のM&Aを社長時代に推進した高見哲夫会長は、買収の経緯を次のように語る。

「その当時の日測エンジニアリングは資金繰りに窮し、埼玉県の中小企業再生支援協議会の支援を受けていました。そして、再生計画のもと事業承継の公募が行われましたが、そこに同社と浅からぬ縁のある弊社も打診を受けた。このときはじめてM&Aを具体的に検討しました」

きっかけは創業当初からの関係だったが、温情だけで事業承継を決めたわけではない。最終的に入札に応じたのは、日測エンジニアリングが持つ経営資源の獲得が、エミックの成長戦略に資すると判断したからだ。

また、今回の買収には成長という“攻め”の目的だけでなく、“守り”の目的もあった。

「振動試験装置専業メーカーは、国内に弊社を含めて事実上2社しかいないニッチな市場です。日測エンジニアリングは弊社の営業情報を持っていて、競合に買収されるとそれが流出してしまう。また、埼玉に日測エンジニアリングの工場があり、施設の一部を弊社が受託試験場として借りており、一部では交流関係もあった。競合に買収された場合、その試験場を引き払うことも考えないといけません。そうした事情も重なり、入札の判断を後押ししたといえます」(高見会長)

戦略に合致した事業のみ承継 適正価格の見極めに注力

エミックの主力製品である振動試験装置。
対象部品に横方向の振動と縦方向の振動を組み合わせて試験を行う。
さらに、四角い窓のボックス内では温湿度への耐性を試す複合環境機だ。

創業時からの関係、成長戦略、競合対策と、M&Aの理由は山ほどあった。ただ、それでも金額が適正でなければ投資回収は見込めない。

実は、エミックは日測エンジニアリングの事業をすべて承継するつもりはなかった。成長戦略の要になる受託事業は引き継ぐが、日測エンジニアリングの主力事業であるチャンバーの製造販売は赤字部門であり、付加価値が高いカスタム品のみを承継。また、振動試験装置の輸入販売も、「中国製品を輸入していると、国産という弊社製品の信頼が棄損しかねない」(大野社長)と判断して、承継の対象にしなかった。

赤字部門は引き継がずに、必要となる事業だけに絞り、さらに資産価値を徹底的に精査した結果、同社としての適正評価を見極めた。

最初の入札は18年秋に行われた。しかし、「1回目は想定以上の金額であり見送り」(高見会長)。他の参加者もいなかったようで、入札不調に終わった。

12月に行われた2回目は、想定していた金額まで落ちてきたため入札に参加。金額の他、両社の関係や雇用の確保などが総合的に判断されて、落札が決まった。高見会長は「私の代にこのM&Aで借金をつくった。返すのは現社長の大野の役目(笑)」と笑うが、冗談めかしてそう言えるのも、適正な買い物ができた自信があるからだろう。

自社が広がるために、必要なモノを手にする

肝心の成長戦略――受託事業の拡大とソリューション事業の展開――は、M&Aでどうなったのか。

日測エンジニアリングは、神戸、四日市、埼玉の3か所に受託試験場を持っていた。それぞれ引き継いで継続しているが、とくに大きいのは神戸の施設だ。

「神戸の試験場には、30トンという日本トップクラスの加振力を持つ試験装置がありました。弊社の装置は自動車分野の試験に適していますが、この装置なら電力など重電分野の試験が可能です。この装置だけで数億円の価値があるでしょう」(大野社長)

一般的に、同業種の買収は顧客が重なり合う部分があるため、1足す1が単純に2にならず、多少目減りしてしまうケースが多い。しかし、エミックと日測エンジニアリングは、それぞれ自動車、重電と得意市場が異なっている。それゆえ冒頭に紹介したように、M&A後に受託事業の売上はシンプルな足し算になり、約2倍になった。

もちろん装置があるだけでは受託事業は広がらない。装置を動かすには、オペレーターの存在が不可欠だ。

日測エンジニアリングには70人の社員が在籍していた。人材が事業の核となるため、全員と面接を行って再度雇用するスキームを採った。

新たに雇用したのは40人。統合後はミスマッチで退職が相次ぐことが珍しくないが、承継後に退職したのは現在のところ2人のみだ。その理由を大野社長はこう分析する。

「もともとルーツが同じで企業文化が近かったこと、再雇用後も待遇を維持したことなどが要因だと思いますが、再雇用にあたって高見自身が全員と面接したことも大きい。トップの顔が見え、会社の方針が見えたことで安心感があったのではないでしょうか」

人を引き継げば、人についている技術やノウハウも承継できる。今回、ノウハウ面でとくに大きかったのは、日測エンジニアリングで顧問を務めていた2人のエンジニアだろう。

一人は元三菱重工で、もう一人は元ヤマハ発動機。二人とも振動分野のオーソリティ(権威)で、「弊社が自分たちで探しても出会えなかった」(大野社長)という貴重な人材だ。

「お二人はもともとお客様側にいたので、お客様の抱える課題やその解決策も熟知しています。まさにソリューション事業の展開に欠かせない人材。いま週に半分ほど出勤して、エミックのエンジニアたちに専門知識やノウハウを伝授してもらっています」(大野社長)

成長に必要な装置、人、ノウハウを自前で揃えようとすると、どうしても時間がかかる。それらの経営資源を一気に獲得できるのが、M&Aのメリットだ。

システムや就業規則は買収先に合わせて変革

吸収合併した日測エンジニアリングから
入社する社員たちとの親睦会をホテルで開催。
全従業員が一人ずつ自己紹介を行った。

今回のM&Aは、成長戦略を加速させた以外にもプラスの効果をもたらしている。その一つが、生産管理システムの刷新だ。

両社はルーツが同じだっただけに、生産管理システムも当初は同じものを使っていた。ただ、その後の展開は違った。日測エンジニアリングは経営不振に陥ったため、改革に積極的で、システムもアップグレード。

一方、エミックは事業が順調だったゆえに変革の必要性が低く、古いシステムをそのまま使っていた。

M&A後はシステムの統合が必要だったが、合わせるのは当然、新しいほうになる。そのうちやればいいと後回しになっていたIT投資が、M&Aを機に一気に進んだ。

「その他にも、日測エンジニアリングは労使トラブルをきっかけに就業規則を改めるなど、新しい取り組みをしていました。一方、弊社は安定的で、変化が少なかった。今回新しい血が入ったことで、コーポレート部門も時代に合った変革が進むでしょう」(大野社長)

2020年に就任した大野誠司社長(左)と、
日測エンジニアリングへのM&Aを推進した
高見哲夫会長(右)。

さまざまなメリットをもたらした事業承継だが、続けてすぐに他社を買収する予定はない。当面は今回のM&Aの効果を深掘りしていく考えだ。

具体的な狙いを、大野社長は次のように明かす。

「営業面では、これまで弊社と接点がなかった重電のお客様の情報を取りやすくなって、チャンスが広がりました。受託事業が拡大すれば、そこで吸い上げたニーズを商品開発に活かすことも可能。将来は重電分野向けの振動試験装置を開発して販売することがあるかもしれませんね」

エミックは自動車関連の振動試験装置分野のニッチトップだが、変化の激しい時代に一本足打法は危うい。今回のM&Aで事業や客先の複線化を進め、より安定した発展が見込めるようになるだろう。

機関誌そだとう206号記事から転載

経営に関するお役立ち資料を
お届けいたします

© Tokyo Small and Medium Business Investment & Consultation Co.,Ltd. All Rights Reserved.