中小企業白書から読み解く経営のヒント

中小企業の価値創出戦略

他社との差別化や人材育成と労働生産性の関係を探る

2020年版中小企業白書のキーワードは、「新たな価値を生み出す中小企業」です。今回は、中小企業における製品・サービスの差別化戦略や新事業領域への展開、さらには人材育成の取組にスポットライトを当て、付加価値増大に向けた取組について解説します。

中小企業の競争戦略

まず、付加価値創出に向けた中小企業の競争戦略から見て行きましょう。

図1はマイケル・ポーターの提唱する競争戦略の類型化を参考に、対象とする市場の広さと優位性の軸で企業の採る競争戦略を4つに分類したとき、どの戦略を採る企業が多かったかを確認したデータです。業種別の傾向はありますが、中小企業では、特定の狭い市場をターゲットに、低価格ではなく製品やサービスの差別化で優位性を構築する「④差別化集中戦略」を採る企業が最も多いことが分かります。

図2は、差別化の観点での優位性評価(競合他社と比較した際、自社の主な製品・サービスの優位性についての総合的な自己評価)の程度別に労働生産性の水準を示したものです。これを見ると結果として、他社との差別化に成功している企業ほど労働生産性が高い傾向にあることが分かります。市場を絞り、低価格ではなく顧客に新たな価値を提供するような他社との差別化は、付加価値の増大につながり生産性の向上に貢献していると考えられます。

ニッチトップ企業は何をしているのか?

では、差別化に成功している企業はどのような取組を行っているのでしょうか。図3を見ると、国内でニッチトップ製品・サービスを保有している企業では、保有していない企業と比較して、「類似のない新製品・サービスの開発」「製品・サービスの高機能化」などに取り組んでいる割合が高く、独自の技術開発や新製品・サービスの開発に注力して、差別化を図っていることが分かります。また、新製品・サービス開発に当たっては、製造業では顧客ニーズ起点、非製造業では社会課題起点で取り組む企業において、労働生産性の上昇幅が大きい傾向も見られています。

新事業領域に進出した企業の約4割で、数量・単価が共に向上

次に、新たな事業領域(以下、新事業領域)への進出について見ていきましょう。2013年以降、新事業領域へ進出した企業は製造業で18.3%、非製造業で16.1%存在し、検討した企業も含めると約4割に上ります。

図4は新事業領域に進出した企業を対象に、新事業領域への進出が、企業全体の販売数量や販売単価にもたらした影響を示したものです。一般的に販売数量と販売単価の関係は、トレードオフの関係にあると考えられていますが、新事業領域へ進出した企業の4割は販売数量と販売単価が共に向上していることが分かります。

中小企業投資育成会社の投資先企業においても、差別化や新事業領域への展開に成功している企業は多数いらっしゃいます。今回の白書では、株式会社アステム(宮城県)のほか、国内での差別化の成功を基に海外展開を果たした株式会社マスダックマシナリー(埼玉県)、製品のローカライズや現地サプライヤーの品質管理で海外現地でも高品質を実現しているカネパッケージ株式会社(埼玉県)の取組が紹介されております。ご関心ある方は、ぜひ中小企業白書をご参照ください。

人材育成は競争の源泉に

最後に、人材育成の重要性について取り上げます。新事業領域への進出や差別化の取組を実現するために、中小企業においては、いかに自社の持つ限られた経営資源を有効に活用できるかが重要となります。中小企業が最も重視する経営資源としては、「技術者・エンジニア」や「営業・販売人材」といった人材を挙げる傾向が見られます。一方で、日本は欧米主要国と比較して、GDPに占める能力開発費(OFF-JT)の比率が著しく低く、長期的に減少傾向にあります。

では人材への投資と労働生産性との関係について確認しましょう。図5は人的資本投資の有無別に労働生産性の変化を見たデータです。これを見ると、人材教育・能力開発投資を実施している企業の方が、労働生産性の上昇幅が大きくなる傾向が確認されています。さらに人材の階層別に見ると、経営者・役員への人材教育・能力開発投資が、労働生産性の上昇幅が大きい傾向として最も明瞭に表れています。

今回の白書では、差別化や新事業領域への進出に向けた取組いずれも、質・量の両面において人材不足を課題として挙げる企業が顕著に高い割合にあることも確認されました。私見ですが、先行きが見通しにくい不確実性の高い時代だからこそ、次代を見据え、まずは競争の源泉となる人材の育成に取り組んでいくことが新たな企業成長への第一歩となるのではないでしょうか。

中小企業庁 事業環境部
調査室 調査係長
鈴木 崚
(2020年4月より当社から出向中)

機関誌そだとう205号記事から転載

経営に関するお役立ち資料を
お届けいたします

© Tokyo Small and Medium Business Investment & Consultation Co.,Ltd. All Rights Reserved.