企業を強くする“デザイン”のチカラ~新たな価値を創造する~

戦略&戦術としての「デザイン」とは?

~ブランディング&イノベーションによって企業力を高める……~

総論 一橋大学大学院経営管理研究科 教授 鷲田祐一さん

いま、世界の有力企業が戦略として取り入れているキーワードが「デザイン」である。日本人はデザインを、単に、色や形を見た目よく創ることと捉えがちだが、その意味を正確に訳すると「設計」ということになる。グローバル企業が展開するのは、まさに「設計」であり、生き残るため、そして、顧客に必要とされために、自らのブランドを表現し、その存在価値や意義を「設計」していくことを推進しているのだ。

ところが今後、グローバル競争に立ち向かわなければならない日本企業では、まだまだ、このデザインに対する認識が低いようである。そこで、2018年5月23日、経済産業省・特許庁「産業競争力とデザインを考える研究会」は、『「デザイン経営」宣言』を発している。

これは、企業価値向上のための経営資源としてデザインを活用していこうとするものだが、その目的は、「ブランド力」と「イノベーション力」をアップさせることにある。

一歩先行く経営者から、そのノウハウを学んでいく

同宣言の取りまとめも担った一橋大学大学院経営管理研究科の鷲田祐一教授は、こう説明する。

「簡単にいえば、デザイナーの資質を、ビジネスなどにも幅広く応用しようというものです。例えば、有能な工業デザイナーは、自己満足で製品をデザインするのではありません。“顧客”や“市場”のニーズをしっかり踏まえた上で、企業の価値や意志を表現したメッセージを発信することによって、製品に付加価値を与えているといえるでしょう。デザイナーのそうした発想は、商品やサービスの開発だけでなく、企業のブランディングや組織改編、社内制度の見直し、事業計画や経営戦略の企画・立案などにも役立つと考えられるようになったわけです。『デザイン経営』は、こうした創造性を高めるための柱としてデザインを活用し、企業としてのブランディングとイノベーションに役立てていこうとするものです」

確かに、企業が顧客や取引先に、自身を表すメッセージを伝えていくことは大切である。他社との差別化となる「ブランド力」は、この継続によって生まれてくるといえる。また、供給する側の論理ではなく、顧客や市場を観察して、誰もが気づかないニーズを掘り起こそうとする中で、企業の「イノベーション力」は上がっていく。イノベーションは「技術革新」と訳されるが、その本質は、“新しい価値”を生み出すことにある。デザイン経営は、“誰のために何をするか”という企業の原点に立ち返った上で、沈滞した状況を打ち破り、企業としての新たなステップを目指すために役立つものに違いない。さらに、デザイン経営を推進することによって、従来までのビジネスモデルを凌駕する、まったく新しい事業を立ちあげ、展開していくことも可能になるはずである。

とはいえ“デザイン”といわれても、馴染みの薄い中小企業の経営者には、それを自社にどうやって取り込めばいいのか戸惑うことだろう。デザイン経営を実践するための手法として、鷲田教授は次のように語る。「実際に、デザイン経営を推進している企業経営者の話を聞いて、“その意義や効果を共感する”のが一番でしょう」

例えば、特許庁がまとめた「『デザイン経営』の課題と解決事例」では、富山県魚津市の工作機械メーカーであるスギノマシンが取り上げられている。同社では、CI(コーポレートアイデンティティー)の一新を図り、自社の「あるべき・ありたい姿」や「ビジョン」を策定、また、企業としての意思統一のために組織改革にも取り組んだ。その上で、BtoB製品ながら、製品デザインを統一し、ブランディング化を図ったという。このように、デザイン経営を実践した企業や、それを率いたリーダーの発想と行動を学ぶことは、自社を振り返り、道を切り拓くことに有益である。鷲田教授は続ける。

「できれば、デザイン経営を理解できる人材を、経営層に入れてみるのがいいでしょう。企業経営に精通した社内デザイナーを役員にするのが早道ですが、なかなかそのような人材を見つけるのは困難です。大企業ですら、そういったデザイナーの活用が進んでいないのが現状ですからね。もし難しければ、デザイナーを社外取締役や顧問に迎えたり、社外のデザイナーと協業したりすればいいのです。それによって、マーケティングのアプローチとは違った角度で顧客の声を拾うことができるようになり、“気づき”を見つけ出す力が企業に生まれるんです」

グローバル企業が活用する「デザイン思考」をマスターする

一方で、ビジネスの場面において、デザインシンキング=「デザイン思考」という思考法が注目されているのを、ご存じだろうか?

デザイン思考は、アップルなどの商品開発にも携わった米国の有名なデザイン会社であるIDEOが、アイデアを具現化するときに活用したとして、2003年頃から世界的に知られるようになった。同社創業者であるディヴィッド・ケリー氏によって、スタンフォード大学にデザイン思考を学ぶ「d.スクール」が開設され、IT大手のSAPなど、デザイン思考を経営に取り入れるグローバル企業も増えている。

そもそもデザイン思考とは、デザイン制作における思考プロセスを問題解決に役立てようとする手法であり、顧客を観察しながら理解して、仮設を立てた上で問題を再定義して、その解決策を特定していくものである。そして、このアプローチを、経営やビジネス展開に活かして、変革を起こしていくことだといえる。

デザイン経営が“戦略”ならば、創造性を高める手法といえるデザイン思考は“戦術”ということができるかもしれない。

では、企業はなぜ、デザイン思考を経営に取り入れるべきなのだろうか。鷲田教授は、次のように答える。「日本企業、とりわけ中小企業にとっては、コストのような“分母”を減らすのではなく、企業の絶対的な付加価値といえる“分子”を増やすことこそが喫緊の課題です。そのためにも“デザイン”という観点から、企業の創造性を高めることは、課題の解決に大いに寄与するのです」

現在、さまざまな要因によって経済環境とライフスタイルが変わっている。企業経営者は、「デザイン経営」と「デザイン思考」を理解して、自社の価値向上を目指す必要がある。

話を聞いた方

一橋大学大学院
経営管理研究科
教授 鷲田祐一さん

1991年、一橋大学商学部経営学科卒業。(株)博報堂にて、マーケティング、消費者研究に従事した後、2003年〜2004年、マサチューセッツ工科大学メディア比較学科に留学。2008年、東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻博士後期課程を修了、2015年より現職。

機関誌そだとう205号記事から転載

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