企業を強くする“デザイン”のチカラ~新たな価値を創造する~

“リ・ブランディング”で、事業発展へ

~”自社を見つめ直して”新コンセプト”を築き、メッセージを発信……~

CASE①株式会社ヨシザワ建築構造設計

「デザイン」は、企業が大切にする“価値”と、それを作り上げるための“意志”を徹底させ、それを一貫したメッセージとして発信することだといえる。これによって、顧客が理解する“ブランド価値”が生み出されていくのだ。

例えば、ロゴやコーポレートカラー、経営理念などを定めることで、企業のイメージやコンセプトを統一し、社内外に発信するブランディング戦略の場面にも“デザイン”は密接に関わっている。なぜならば、“デザイン”には、顧客のニーズを掘り起こし、事業を発展させていく力があるからだ。

吉澤宏泰社長

吉澤宏泰社長

株式会社ヨシザワ建築構造設計
主な事業内容:
製造工場や倉庫の新築工事、操業建替・耐震補強工事、工場の設計・デザイン、屋根・外壁のリニューアル工事、大庇の施工、工場プロデュース事業
本社所在地:
東京都中央区
創業:
1998年
従業員数:
60名

中小企業の工場や倉庫の構造設計に特化したわけ

東京都中央区のヨシザワ建築構造設計は、中小企業の工場や倉庫の「構造設計」に特化したユニークな建築設計事務所だ。構造設計とは、建築設計分野の一つで、建物の基礎や骨組を設計すること。例えば、柱や梁が床や屋根をしっかり支えられるような、建物が大地震にも耐えられる構造を考える。同社は工場の稼働を止めずに建替えや補強工事を行う独自工法を武器に、営業から企画・設計(意匠・構造・設備)・施工管理まで、自社で一貫して手がける、まさに日本の工場を支える陰の立役者である。

同社の吉澤宏泰社長は語る。

「日本の一級建築士の約8割は、建物の姿や形を考える“意匠設計”を手がけています。残りの約2割の内、電気の配線や水道の配管といった設備設計を手がける人が約1割、構造設計を手がける人が約1割です」

構造設計は、極めて重要な仕事だが、建築設計の花形である意匠設計に比べて、なり手が少ない。構造設計専門の事務所は、建設会社や大手設計事務所から、建物全体の設計のうち、強度計算の部分だけを請け負うケースが多く、やりがいを感じにくいこともあるようだ。

しかし、同社は、一般の構造設計事務所とは一線を画している。

「工場や倉庫は、基本的に機能性が優先されるため、構造設計が重要となるのです。さらに、設計だけでなく、クライアントへの営業から施工まで、当社が一気通貫で請け負っています。そうした構造設計事務所は、ほかにはないでしょう」

それだけではない。中小企業の工場や倉庫をメーンとする構造設計事務所もきわめて稀なのだ。同社がそうなったきっかけは、1995年に起こった阪神・淡路大震災。関西方面の中小工場が多く被災したため、震災後の約2年間は、被災した建物の補強や補修といった復興のための復旧指導にほぼ専念。きちんとした構造設計をしている中小工場が少なく、その重要性が身にしみたという。

このように震災復興に携わるうちに、吉澤社長にはある強い思いが芽生えた。

「欠陥のある施工により、多くの中小工場が大きな被害を受けたのではないか。中小のものづくり企業は日本の軸であり、工場の稼働を止められないし、従業員も守らなければならないはず。大手のゼネコンや世の中の設計事務所は敬遠しがちだが、自分がその役割を担い『ニッポンの工場を強くしたい』と考えました。これが当社のルーツといえます」

事業環境の変化を察知。意匠設計にも強いヨシザワへ

同社は、この差別化戦略が功を奏して大きく飛躍、建設業界でも「構造設計のヨシザワ」と一目置かれ、工場の建替えや耐震補強工事に強いという武器を有したのだ。

だが吉澤社長は、さらに今後を推測する。そして、構造設計だけでは生き残れない、これまで不得手としていた意匠設計(デザイン性)も強化すべき、という考えに至る。

理由の一つは、国際化やデジタル化による産業構造の変化だ。同社は、海外展開を進め、ベトナムのダナンにもグループの設計事務所を設けている。吉澤社長は、こう予測する。

「ベトナムは、近代建築の歴史が浅いのですが、それだけに最先端の設計のITツールを抵抗なく受け入れ、使いこなしています。若い人が活躍し、活気にあふれているだけでなく、構造設計の技術レベルも日本を凌ぐ勢いです。さらに、AI(人工知能)が進化すれば、構造設計は、AIに取って替わられるかもしれません。それに対して意匠設計は当面の間、人間の仕事として残る可能性が高いといえます」

顧客の事情に合わせ、工場を稼働させたまま建替えや補強工事を行う。
新規に工場設備を導入するため、工場全体の高さを上げる嵩上げ工法(右)と、二つに分割した工期ごとに建替えを行っていくセパレート工法(左)。

もう一つは、意匠設計つまりデザインの強化が今後の差別化の肝となりうること。吉澤社長は、広島県で工場の設計を担当したとき、技術力を強みにしていた自動車メーカーのマツダが、2015年以降、デザイナーを登用して意匠性に優れた車を作り、業績を急回復させた話を聞く。

「実は、ある大手酒造会社さんの工場を設計させていただいたときも、見学者を案内する部分などの設計について、『もう少しデザイン性を高めてくれないか』と、リクエストが出たのです。機能性とコストパフォーマンス重視の工場設計をしているとはいえ、これで、お客様のデザインに対するニーズも相当高いと感じました」

構造設計スタッフ。新卒から入社し7~10年目の若手が
中心となり、業務と後輩社員の育成などを担う。

この二つの理由から、吉澤社長は、確立した構造設計技術に、“デザイン性”という新たな武器を加えることによって、経営をさらに強化する決意を固める。

「当社にとってデザインは、ほぼ未開拓の分野なので、成長の余地も大きいわけです。石川県金沢駅の木の門や東京の新国立競技場などの建築物には構造的な“美”がありますが、工場に求められる意匠性もこれに近いと考えられます。2020年からは意匠にもこだわった提案を積極的に行い、『ヨシザワは、カッコいい建物も設計できるぞ』と宣伝しているところです。構造設計にデザイン性という価値が加われば、当社の強みが増すことになるでしょう」

新たな成長のステージへブランドコンセプトを刷新

このように事業の転換期にある中、吉澤社長は18年、創業20周年の節目を迎えたのを機に、ブランドコンセプトを大幅にリニューアルする。

「創業から20周年を迎え、社員も大きく変わりました。デザイン性の強化を推し進める中、会社の原点は忘れないため、これを明確にする作業も必要だと考えたのです。また、それを社内外に発信し、社員一丸となる契機にもしたいと考え、ブランドコンセプトの再構築やロゴの刷新に思い切って取り組んだのです」

(右)京都の大手酒造メーカー。ボイラーを稼働したまま解体し、工場見学が可能な「見せる工場」へリニューアルした。
(左)イカ天レモンで有名な食品加工会社の施工例。顧客の使い勝手はもちろん、外観デザインにも力を入れている。

次の20年を見据えた上で、新しいヨシザワに生まれ変わるため、ブランドコンセプトの整理に着手した同社。確実な成果を出すために、数々の名立たる企業のブランディングに参画している有名デザイン事務所に支援を仰ぐことにする。

「せっかくの機会なので、新しいブランドコンセプトやロゴは、スタイリッシュにしたかったんです。それなりのコストもかかりますので、社内からいぶかしがる声も上がりましたが、無駄ではありませんでした」

(右)営業・設計・施工の社員がチームとなり、
物件を企画~設計~施工まで自社で一貫して行う。
(左)国や勤務場所を問わず働ける仕組みを作り、
外国籍の社員も多い。

新しいブランドコンセプトをまとめ上げるためには、吉澤社長ら役員3人とブランディング会社の担当者の計5~6人が集まって、3週間に1回のペースで8~9回会議を開き、約半年の時間をかけた。

「デザイン事務所さんには、会社の新しいロゴやブランドのコピーを考えてもらったんですが、私が驚いたのは、いきなり新しいデザインや言葉が出たのではなかったことです。ブランドの背景にある当社の歴史や事業内容、私たちの考え方や想いを丁寧にヒアリングしてから、それらを形や言葉に表していったんですね。複数の案が出てくるのですが、その一つひとつに“ストーリー”がきちんと詰まっていて、デザイン事務所の仕事の奥深さを知りました」

(右)いかなる難工事にも対応する施工管理職の監督たち。
(左)メンバーから頼られる施工管理スタッフ。

新しいブランドコンセプトは、吉澤社長が三つに絞った案の中から最終決定した。新しいロゴとともに、「ニッポンの工場を強くする」という創業来の「ブランドミッション」を軸に、「グランドビジョン」「ブランドバリュー」「ブランドパーソナリティ」の4項目を打ち出した。そして、これらのブランドコンセプトは、同社が事業年度ごとに改定している「経営計画書」の中で詳しく説明されている。また、社員への浸透を図るため、社長が月2回は経営計画書の読み合わせを行っている。

この、デザイン事務所を交えた一大プロジェクトは吉澤社長にも収穫が大きかったようだ。

「デザイン事務所さんの仕事ぶりは、とても参考になりました。当社も、デザイン性を重視した提案をする際には、お客様のビジョンやコンセプトを詳しく理解してから、設計をスタートすることが重要であると気づかされたのです」

スタイリッシュなブランドでデジタル世代の人材を集める

ブランドコンセプトとともに刷新したロゴは、三角形の中をヨシザワの頭文字“Y”で白く抜いたもの。

逆三角形が右に傾いている構図なのだが、人間が爪先立ちした姿勢を表現したのだという。

「爪先立ちは、次の行動に移ろうとするところですよね。私は、企業とは経営が安定すると衰退し、不安定だと成長すると考えていますので、不安定な爪先立ちが、当社のスタンスにピッタリなんです。ロゴには、そうした私の考え方もストーリーとして織り込まれ、具現化されているというわけです」

Professional…仕事の流儀(専門家)
Sincere…真摯に・真面目に
Forward looking…先見性
Smart…無駄がない
Active…行動的

2018年に迎えた創業20周年を機に、デザイン事務所の支援
を受けてリニューアルした社章とブランドコンセプト。

新しいロゴは、襟章や名刺などにも表れているが、スタイリッシュなデザインなので、社員にも好評だという。お得意先にも、『カッコいいマークになったね』と、声をかけてもらえる機会が増えているようだ。社員の一体感が強まったのは、確実だろう。

ブランドコンセプトを刷新した効果を最も実感しているのは、求人に関してだという。

「人事担当者も、自社PRに活用しやすいと言っています。当社では、16年ほど前から新卒を採用しているのですが、新しいブランドコンセプトに変えてから、それまでにも増して優秀な人材の応募が目に見えて増えました」

若者をはじめ、人を引きつけるためには“形から入って心に至る”ことも重要というのが、吉澤社長の考えである。

「会社のロゴやキャッチコピーが“カッコよく”なければ、今の若者は、誰一人、当社に見向きもしてくれないでしょう。ブランドコンセプトやロゴをスタイリッシュにしたのには、新しい人材を獲得する狙いもあったのです」

刷新したブランドコンセプトを軸に、連帯感を増した社員とそこに加わる若手社員が新風を吹き込んで、構造設計だけでなく、“デザイン”にも強いヨシザワ建築構造設計が完成する日も、そう遠くではなさそうである。

こういった効果が、“デザイン”の活用により生まれてくるのだ。

機関誌そだとう205号記事から転載

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