SPC方式を利用した親族外承継のメリットとは?
親族外承継で利用されることの多い方法のひとつに、「SPC方式」というものがあります。
SPCとは、「Special Purpose Company」の頭文字を取った言葉で、日本語では「特別目的会社」と呼ばれます。特別目的会社は、資金調達や債券発行のために設立される会社で、通常の企業活動は行いません。
ここでは、現経営者の利潤と後継者の負担軽減を両立できるSPC方式について、メリットや注意点、実例をご紹介します。
SPC方式とは?
SPC方式は、金銭的な問題などから、後継者や役職員が現経営者から株式を買い取るのが困難な場合に、SPC(特別目的会社)と呼ばれる受け皿会社を設立し、受け皿会社を通して株式の承継を行う方法です。
SPC方式による事業承継の具体的な流れは、下記のとおりです。
<SPC方式による事業承継の流れ>
1. 後継者や役職員が出資してSPCを設立する
2. SPCが金融機関から株式買取資金の融資を受ける
3. 現経営者からSPCが株式を買い取る
4. 後継者がSPCを通して経営を行う
5. SPCと事業会社が合併することもある(合併後は後継者が直接事業会社に出資している形になる)
■SPC方式の買取例

SPC方式のメリット
SPC方式の一番のメリットは、後継者が株式買取のために莫大な資金を用意しなくても経営権を取得できるという点です。少額の出資によってSPCを設立した後は、SPCが金融機関から株式買取資金の融資を受けることになりますから、負担を大幅に軽減できます。
また、現経営者も、自社株式を高額で売却することができます。SPCによる株式の買取価格は、第三者によって算出された時価をベースに、法人税法や所得税法上の時価なども考慮して決定されることが一般的です。このため、買取価格は膨らむ傾向にあるからです。
相続税の納税資金準備などのことを考えても、まとまった現金を得られることは大きなメリットになるでしょう。
SPC方式の注意点
SPC方式では、新たに企業を設立した上で金融機関からの融資を受ける必要があります。一度スタートさせると簡単にやり直すことはできませんから、本当にメリットにつながるかどうか、十分検討する必要があります。
SPC方式の利用に際して、注意しておきたい点をご紹介します。
買取総額
SPC方式による株式の買取価格は、時価をベースに協議することになります。そのため、買取総額が高額になる可能性をはらんでいます。
買取総額が高くなるというのは現経営者にとっては大きなメリットですが、買い取る側のSPCにとっては注意点といえます。
長期間にわたる融資の返済が必要
SPCは、金融機関から融資を受けて現経営者が保有する株式を買い取りますが、融資を受けるということは、返済が発生するということでもあります。
返済の主な原資は、事業会社からSPCが受け取る配当です。よって、返済額があまりに高額になると、事業運営に支障をきたす可能性があります。融資を受ける際は、問題なく返済を続けられる水準に抑えられているかどうか、検討しましょう。
法務、会計、税務などの手続きが複雑
SPC方式による事業承継は、法務や会計、税務といった手続きが非常に煩雑で、社内の人間だけで完結させることは難しいことが多く、専門家のアドバイスを受けながら、慎重に進める必要があります。
SPC設立にかかるコスト
SPCを設立するためには、一定のコストがかかります。設立者となる後継者や役職員は、出資金を用意しなければなりません。
ただし、後継者や役職員がすでに自社の株式を保有している場合は、この株式をSPCに売却することで、設立費用の一部、あるいは全部を回収することも可能です。詳しくは次の実例で解説します。
SPC方式を利用した親族外承継の実例
SPC方式を利用して親族外承継を行った、A社の事例をご紹介します。実際の流れを見ることで、SPC方式での親族外承継が具体的にどのように進むのかを理解しておきましょう。
なお、この会社では、SPC方式を利用すると同時に、東京中小企業投資育成株式会社からの出資を受けることで資金負担を軽減しています。
現在のA社の状況
まず、事業承継前のA社の状況を項目別に把握しておきましょう。
<経営について>
・創業メンバー(相談役・会長・社長ら)は経営から退きつつある
・創業メンバーの親族ではなく、役職員(役員A)への事業承継を検討している
<事業承継にかかるコストについて>
・創業メンバーは現在保有している株式を後継者に渡すことによる利潤を得たい
・後継者(役員A)は自分の資金で株式を買い取ることが困難
・外部借り入れによる場合には、借入総額が6億円に及ぶことから返済負担が大きく実行不可能
<現在の株主構成>
・株主構成は下記のとおり
■A社の株主構成
株主 | 持株数 | 議決権比率 |
相談役 | 4,700株 | 31.33% |
会長 | 3,300株 | 22.00% |
社長 | 3,000株 | 20.00% |
役員A(後継者) | 1,100株 | 7.33% |
役員B | 900株 | 6.00% |
役員C | 500株 | 3.33% |
社員A | 500株 | 3.33% |
社員B | 500株 | 3.33% |
社員C | 500株 | 3.33% |
総合計 | 1万5,000株 | 100.00% |
※参考書籍:中野威人「安定した経営を継続するための Q&A 中小企業における「株式」の実務対応」(清文社、2020年)
資金調達方法と株主構成の安定が問題解決の糸口
次に、A社における資金調達方法と、問題解決の糸口について考えていきます。
A社の抱える問題は、「創業メンバーが利潤を得たい」「後継者が資金不足」「後継者が外部から融資を受けるには金額が大きすぎる」という3点です。
これに加えて4点目として、どの会社でもあてはまる「後継者世代の株主構成の安定」も意識しなければいけません。
そこで、A社はSPC方式と東京中小企業投資育成株式会社を併用した解決策をとることにしました。
これにより、4つの問題についての解決の糸口が見えてきます。
<問題解決の糸口>
(1)SPCに株式を売却することで、創業メンバーの利潤を確保することが可能
(2)SPCを設立し、外部から資金を調達することにより、後継者自身が株式の買取費用を負担する必要がなくなる
(3)東京中小企業投資育成株式会社がSPCへ資本参加することで、外部からの借入金額を抑えられる
(4)東京中小企業投資育成株式会社がSPCの安定株主となることで、株主構成の安定を図れる
SPC方式を利用した具体的な事業承継の流れ
それではA社を例に、SPC方式による具体的な事業継承の流れを見ていきましょう。
1. SPCを設立する
後継者である役員Aと、その他の役員、社員、東京中小企業投資育成株式会社が株主となって、SPCを設立します。株主構成は下記のとおりです。
■SPCの株主構成
株主 | 持株数 | 出資金額 |
役員A(後継者) | 880株 | 4,400万円 |
役員B | 600株 | 3,000万円 |
役員C | 330株 | 1,650万円 |
社員A | 330株 | 1,650万円 |
社員B | 330株 | 1,650万円 |
社員C | 330株 | 1,650万円 |
東京中小企業投資育成株式会社 | 1,200株 | 6,000万円 |
総合計 | 4,000株 | 2億円 |
※参考書籍:中野威人「安定した経営を継続するための Q&A 中小企業における「株式」の実務対応」(清文社、2020年)
この時点で、SPCに対して、役職員と社員が合計1億4,000万円、東京中小企業投資育成株式会社が6,000万円を出資したことになります。
2. 金融機関からSPCが資金借り入れ
金融機関からSPCが4億2,000万円の借り入れを行いました。
これにより、SPCは2億円の自己資金と合わせて6億2,000万円の資金を保有していることになります。
3. 創業メンバーや後継者を含む、すべてのA社の株主が株式をSPCに売却
創業メンバーだけでなく、株主全員がA社の株式をSPCに売却します。売却価額は1株あたり4万1,000円でしたので、SPCが全株式取得のために支払った代金は総額6億1,500万円です。なお、売却時には税金などがかかるため、株主が受け取る手取り金額は、単純な売却株数×1株あたりで算出される数値にはなっていません。
A社の株主が受け取った株式売却による手取り金額などは下記のとおりです。
■A社の株主構成の推移と株主ごとの売却金額(売却価額:1株あたり4万1,000円)
株主 | 持株数 | 移動株数 | 株式売却による手取り金額 (SPCは支払代金) |
相談役 | 4,700株 | -4,700株 | 1億5,510万円 |
会長 | 3,300株 | -3,300株 | 1億890万円 |
社長 | 3,000株 | -3,000株 | 9,900万円 |
役員A(後継者) | 1,100株 | -1,100株 | 3,630万円 |
役員B | 900株 | -900株 | 2,970万円 |
役員C | 500株 | ー500株 | 1,650万円 |
社員A | 500株 | ー500株 | 1,650万円 |
社員B | 500株 | ー500株 | 1,650万円 |
社員C | 500株 | ー500株 | 1,650万円 |
総合計 | ー | 1万5,000株 | 6億1,500万円 |
※参考書籍:中野威人「安定した経営を継続するための Q&A 中小企業における「株式」の実務対応」(清文社、2020年)
この時点で、創業メンバーは株式売却による利潤を得ることができました。また、SPCに出資した人のうち、株式保有割合の低い役員Cと社員A、B、Cは費用の回収ができています。
なお、後継者である役員Aには、SPC設立時の出資額から株式売却による手取り金額を引いた770万円が、自己負担として発生しています。これは、A社の創業メンバーの「社長はある程度自己負担をすべきだ」という考えにもとづくものですので、経営陣の考え方によっては、自己負担をゼロにすることもできるでしょう。
4. SPCを通じて会社経営を行う
今後、A社の経営はSPCを通して行うことになります。株主や議決権の構成は下記のとおりです。
■SPCの株主構成と議決権比率
株主 | 持株数 | 議決権比率 |
役員A(後継者) | 880株 | 22.00% |
役員B | 600株 | 15.00% |
役員C | 330株 | 8.25% |
社員A | 330株 | 8.25% |
社員B | 330株 | 8.25% |
社員C | 330株 | 8.25% |
東京中小企業投資育成株式会社 | 1,200株 | 30.00% |
総合計 | 4,000株 | 100.00% |
後継者である役員Aの議決権比率は22.00%ですので、長期安定株主となる東京中小企業投資育成株式会社と合わせて52.00%と、過半数の議決権を確保できます。さらに、役員B、Cが持つ株式を合わせれば、3分の2以上である75.25%の株式を保有していることになるため、安定した経営が可能となるのです。
SPC方式の事業承継は十分な検討の上で行う
SPC方式による事業承継は、後継者の資金負担軽減と現経営者の利潤実現という、2つの大きなメリットを持っています。しかし、実際に行うためには、税務や法務、会計に関する専門知識と、将来を見据えた事業計画、株主構成の検討が必要になります。
東京中小企業投資育成株式会社では、SPC方式を活用した事業承継のサポートも行っています。事業承継後の株主構成の安定や、スムーズな事業承継のためにご活用ください。